第三章 拘置所生活案内(上)


 58年の7月以来、私は名古屋拘置所で丸2年以上を過ごしてきました。拘置所がどんな所か、そこでの生活がどんなものか、入ったことのある人でなけれぱ分かるはずもありません。
 無論、普通の生活を送っている人にとって、そんなことは死ぬまで知る必要のないことです。しかし、何らかの"手違い"で拘置所生活を送らねぱならなくなったとしたら、こんな不幸なことはありません。しかも丸2年間といえば大変な時間です。

 私が長期にわたって保釈も許されず、ずっと拘置されている背景はこれまでにも述べてきましたが、拘置所という所が、そんな理由で人間を押し込めておいていい所なのかどうか。それを判断してもらうために、私の身の回りのことを書いてみたいと思うのです。
 まず、拘置所では特殊な用語が使われており、日常生活でお目にかかることのない専門用語を抜きにしてはうまく表現できません。そこで最初に、拘置所用語をひとわたり解説しておきたいと思います。

  • 願い事(ネガイゴト)――私たちは拘置所に拘置されている未決囚で、刑務所の囚人とは違って、ある程度の自由が認められています。衣服や食料、書物などを自分の金を出して手に入れることができたり、不要になったものなどを自宅へ戻すこともできます。このようなことを申請することを「ネガイゴト」と呼び、毎朝1回行われています。
  • 自弁(ジベン)――自分の金で物品を調達すること。飲食料、衣類、寝具、書籍、文房具などを自分で購入したい時は、願い事の時に回ってくる担当官(先生と呼ぶ)に申請します。
  • 差し入れ(サシイレ)――自弁の物品を拘置所から入れてもらうことを言いますが、食料、薬品類は許可されません。郵送でも差し入れをすることができますし、郵送でしか差し入れできない物もあります。
  • 宅下げ(タクサゲ)――読み終わった本や洗濯の必要な衣類を外に出すこと。いわば差し入れの反対です。
  • 仮出し(カリダシ)――まったくの私有財産であっても、私たちの持ち物は拘置所内にある限りは全て拘置所当局が"領有"することになっているそうです。私たちはたとえそれが自分のものでも、ありがたく当局に「仮」に「出し」てもらって使用する、というのです。
  • 願箋(ガンセン)――差し入れ、宅下げ、仮出しといった「ネガイゴト」あらゆるものについて、私たちは「ガンセン」に書いて「先生」に提出することになっています。どんなことであれ、当局に頭を下げてお願いしないことには何もできないシステムになっているわけです。面会時や法廷に資料や記録用紙を持って行く時も「ガンセン」、手紙を7枚以上書く時も「ガンセン」、原稿を「タクサゲ」する時も、洗濯物を出す時も、不要の物を廃棄する時も、いつでも「ガンセン」がなければ話になりません。何から何まで「ネガイゴト」していると、いかにも自分が卑しい存在に思えてきます。当局の狙いはそこにあるのでしょう。
  • 白三点(シロザンテン)――シーツ、枕カバー、ふとんの襟布をまとめて「シロザンテン」と呼び、これに座ぶとんカバーを加えて白四点と言います。自弁の物を使ってもかまいません。
  • 掃夫(ソープ)――拘置所内雑役、管理と未決囚の世話をすることで、拘置所で懲役を受けている囚人。配食、掃除、食器洗い、風呂洗い、洗濯物の集配、整理、官本の配布など、ありとあらゆる雑役をやるため、大変多忙です。
  • 片布(ヘンプ)――洗濯の時、どの房から出たものか分かるようにつけてある布製の名札。自分の番号と部屋番号を書き入れるが、房は変わることがあるので書き直せるように上の方を空けて書くように指示されています。
  • 運入禁止(ウンニュウキンシ)――病気や懲罰等で運動と入浴が禁止されること。
  • 認書(ニンショ)――手紙のみならず、字を書くことは全て「ニンショ」とみなされており、場合によって「ニンショキンシ」などと言われることもあります。
  • 更新(コーシン)――房内においては私たちは書籍や雑誌等の所持冊数、所持期間が規定されています。所持冊数の制限は増やすことができませんが、期間については「コーシン」して延長することができます。
  • 拭身(シキシン)――文字通り、自分の体を拭くことです。しかし「シキシン」は入浴と運動の後しか許されていません。
  • 特食(トクショク)――祭日には午後1時30分頃におやつが出ます。このおやつのことを「トクショク」と呼びます。ぜんざい、豆抜きのみつまめ、バナナ、ふかしパン、おはぎ等です。また大晦日から正月の三が日間は「トクショク」が毎日出されます。ただし、正月休みで職員がいないため、飴や羊羹、ミカンといった手間のかからないものになります。私は拘置所で既に2度、お正月を迎えましたが、1月2日はいずれもぜんざいが「トクショク」に出ました。
  • 仮就寝(カリシューシン)――午後6時から9時までの間は「カリシューシン」の時間と言い、無理に寝ていなくてもいいのだそうです。起きていてもいいのですが、寝転んで字を書くと「ニンショはいかん」と怒られます。本を読むのはかまいません。
  • 配食立会(ハイショクリッカイ)――掃夫が各房に食事を配る時、房によって食料の多寡ができることを防止するため、職員が必ず立ち会うこと。要するにエコヒイキの見張り番をすること。
  • 満罰(マンバツ)――懲罰を受けていた者が、その懲罰期間を満たして終えたことを言う。
 拘置所では何よりも一つ所にじっとしていなければならないことが最もつらい点です。運動といっても1日に30〜40分間しか許されないし、いくら読書したり原稿を書くといっても、ずっと集中し続けることは不可能です。
 日常生活であれば外へ出て散歩したり、家の中でもコーヒーを飲んだりして気分転換が簡単にできますが、拘置所の房内では、この気分転換というのが1番難しいのです。
 これは、生活のリズムというものが失われているせいでしょう。とにかく、毎日にメリハリというものがないのです。敢えて区切りがつくといえば食事の時間ですが……拘置所内における食糧事情がどのようなものか、ここではそのことについてまとめてみました。

 基本的に食事は朝、昼、夕の三食。前にも述べたように祭日や正月には間食として「トクショク」が出されます。朝食は午前8時、昼が2時30分、夕食は午後4時20分と決まっており、夕食を平らげてから朝までが長いので、夜中にえらく腹の減ることもあります。
 しかし、運動らしい運動もさせずに、一日中小さな部屋の中に閉じ込められてじっと座らされているのですから、たいがい肥満する者が多いようです。

 主食は麦飯で、正月の三が日だけ米飯が出されます。おかずの方は、苦労して種類を増やそうとしてくれていることは伝わってきますが、おいしくて豪華というわけにはいきません。何しろ予算が予算です。1人当たり、1日の食事の材料費は約260円ということです。にもかかわらず、時々リンゴやバナナ、甘夏柑といった果物や牛乳がついたりするのですから、台所は大変でしょう。
 昼食と夕食のメニューは、いかにも苦労と善意が溢れている場合と、実にいい加減な場合とがあります。担当官によってそのさじ加減が違ってくるようです。

 朝食は飯にミソ汁、それに一品か二品のおかず。その種類はおよそ次のようなものです。ノリ、梅干し、ナットウ、タクワン、生タマゴ、コブ巻、缶詰のイワシ、カツオのフレーク、角煮、貝佃煮、ゴマメ、ラッキョウetc……。
 ミソ汁は結構イケます。合わせミソが多く、時々白ミソ仕立ての物も出ます。ミソ汁の実は、ダイコンとトウフ、モヤシに油アゲ、キャベツとトウフ、タマネギとワカメ、ネギとアゲ、白菜とワカメ、ジャガイモにアゲといった具合。時おり中身が全く見当たらないといった場合もあります。

 さて、昼、夕に出てくる料理がいわばメインディッシュです。その種類に応じて思いつくままに書きつけてみます。
〔焼き物〕生鮭、塩鮭、サバ、サンマ、小アジの塩焼き、丸干し(アジ・イワシ)、サンマのみりん干し、タラ、シイラの漬け焼き、サンマの塩焼き、塩鱈
〔煮物〕サバ、イカ、野菜とトリ肉、ヒジキと竹輪、野菜とサツマアゲ、おから
〔炊め物〕ホウレン草とレバー、野菜炒め
〔丼物〕牛丼、カツ丼、卵丼、親子丼
〔ライス類〕カレーライス、ハヤシライス、ピラフ、混ぜごはん
〔揚げ物〕天ぷら、手羽唐揚げ、タラすり身の揚げ物、トンカツ、チキンカツ、魚フライ、メンチカツ、コロッケ
〔肉料理〕ローストチキン、ローストポーク、ハムステーキ
〔ナベ物〕スキヤキ、トリスキ、ツミレ汁、タラ汁、ショッツル、いんげん入りシチュー(トマトスープ)、クリームシチュー、おでん
〔汁物〕ミソ汁、澄まし、豚汁、中華風スープ、けんちん汁、のっぺい汁
〔和え物〕辛子和え(キャベツ、モヤシ、竹輪)、ミソ和え(イカ、ネギ、モヤシ)、イカと春雨の酢の物、ワカメとキュウリの酢の物、ホウレン草のマヨネーズ和え
〔サラダ〕ポテトサラダ、マカロニサラダ、野菜サラダ・フレンチドレッシング
〔中華〕酢ブタ、マーボドウフ、八宝菜
〔めん類〕うどん、そうめん、スパゲティ、中華ソバ、ソバ、焼きソバ
〔佃煮〕アミ、赤貝、大豆コンブ、煮豆、角煮

 ざっとこんな様子です。時々、このようなメニューに牛乳、ヨーグルト、ヤクルト、果物などがデザートとして加わることがあります。
 サンマの塩焼きには大根おろしがつきます。タラの干物を焼いたものはものすごく塩っからい。魚の焼き物はかなりのバリエーションがあるんですが、名前の全く分からない魚も出てきます。
 野菜炒めはポピュラーなメニューですが、1度に大量に作るためか、非常に水っぽく、とても"炒めた"感じには程遠く、ほとんど"茹でた"野菜のよう。
 卵丼と親子丼が初めて出てきた時は、最初それとは気がつきませんでした。一面がタマゴの色をしており、なかに異常なほどホウレン草が入っていて、スープか何かだろうと思ったのです、親子丼には確かに"親"が入っていますが、身のない皮ばかりの"親"しか入ってない。たまに巨大な"皮"が出てきてゾッとすることがありますが、あの皮についていたはずの"身"はどこへ行ったのだろう?
 ピラフも最初は何だか分からなかったものの1つです。カレー、ハヤシは最近かなり味が向上しました。以前は豚の脂身ばかりが入っていてまずかったのですが。混ぜごはんはショウ油味がきつすぎてのどが渇いてしようがないほど。なお、カレーとハヤシライスにはゆでタマゴが1個づつついてくることがあります。
 コロッケは2個1組。フライ類にはキャベツの千切りがつくことが多く、時にはレモンの輪切りも添えられます。
 ローストチキン、ローストポークはパン食の時だけ出ます。パン食は日曜日の昼食だけ。私はこの時が楽しみです。コッペパン、サラダ、飲み物(コーヒー、ココア、紅茶、牛乳のうちどれか)もここでは心待ちしているメニューです。
 ナベ物は、別にナベに入って出てくるわけじゃありません。トマトスープで仕立てたいんげん豆入りのシチューは、見てくれは良くありませんがなかなかうまいんですよ。
 サラダの中ではポテトサラダが1番うまい。しかし、サラダには必ずニンジンが入っていて、それも半端な量ではありません。しかも、そのニンジンがとてもまずいので困ったもんです。野菜サラダにはレタスが入っていますけど、これもまずいんです。
 めん類ではそうめんがうまいですね。ただし、滅多に出ません。うどん、と言っても冷麦のめんで作ったようなものですが、1度に大量に作っているので完全にのび切っていて、ブツブツにちぎれてしまっています。中華ソバは手間がかかるらしく、2年間の拘置所暮らしでこれまでに2回しか出たことがありません。日本ソバは大晦日には必ず出てきますが、めん類はいずれにせよのびていてうまくありません。焼きソバもまずいし、スパゲティなどは思わず考え込んでしまうほどのまずさです。

 食事はまず掃夫の「ハイショク〜!」(配食)という掛け声で始まり、同様に、「ハイチャ〜!」(配茶)の声が掛かると自分のヤカンを用意し、ヤカン1杯分のお茶を配給してもらいます。
 食器は安物のプラスチック製、ハシは竹製の物が官給品。ハシは自弁の物を使うことができます。
 食べ終わった後、食器や残飯を掃夫が回収して回りますが、たいてい「サラアゲ〜!」(皿上げ)とか「サゲ〜!」(下げ)という掛け声がかかります。

 食事といっても全く楽しいものではなく、味も素っ気もない日課の1つです。おまけにうまくないものぱかりで、完全に"作業"化していると言っていいでしょう。それでもほとんど平らげてしまうから、自分でも不思議です。
 闘うためには生きねぱならない。生きるためには食べねぱならない。そのことを頭よりも先に肉体が知っているのかも知れません。


 拘置所の日曜日はユーウツです。
 面会、運動、入浴もなく、私たちは気を紛らわすことができないからです。
 房のドアは日曜日となると1回も開くことがなく、小窓が食事のために3回、新聞のために1回開くだけです。ラジオは1日中鳴りっ放しですが、私はうるさいのでずっとスイッチを切ってもらっています。退屈といえば退屈、ユーウツといえばユーウツ。いや、それでものんびりした気分とも言えます。普通の日は購買、差し入れ、診察、運動、出廷などと、1日中ザワザワしているからでしょう。

 そんなわけで、日曜日の天気は普段に比べて一層気になります。雨だとホッとするし、晴天だとしゃくにさわるのです。
 自分が一歩も動けないのに、太陽の下で楽しんでいる人間が大勢いると思うと、どうしてもイライラしてしまうわけです。何とも狭量な男だと、自分でも思います。それでも晴れた日曜日が来るたびに、私はしゃくにさわってしまうんです。

 逆に、週日が雨の時はその時で私の機嫌は悪くなります。雨天の場合、私たちに許されているわずかな時間の運動が、中止になってしまうからなのです。天候のためですから、これは何も職員のせいではありません。ですが、雨で運動が中止になると知ると、どうしても職員に対する受け応えがつっけんどんになってしまいます。
 ほんのわずかな運動時間。しかし、それがあるかないかは、私たちの心身の健康上、実に大切な問題です。

 ヨットスクールにいた時は、一日中動いていたわけです。一般人の生活と比較にはなりませんが、私にとっての通常の状態とは、「一日中休みなく体を動かし続ける」状態のことでした。それが逮捕されて以来捕われの身で、私は今まで経験したことのない「ほとんど動かない」状態を強いられている。つまり"極端な動"の生活から"極端な不動"の状況へ追い込まれたわけです。その大きなギャップは、一般的な日常生活を送っていた人よりも耐えがたい環境変化になると言えます。

 名古屋拘置所へ移った58年7月から60年6月現在まで、運動の時間があった日数は月平均で14.2日間。充分に陽が差している時間、つまり陽光を直接浴びていられる"日照時間"はそのうちどれほどあったでしょうか。私が自分で記録した58年12月からの数字をあげてみると、60年6月までで月間平均4時間15分ということになります。運動時間は入所した当初、1日30分間でしたが、ほぼ1年後から40分間に延長されました。それでも事情が改善されたとは言えないでしょう。
 私がヨットスクールで生活していた頃に比べれば、ほんの1日分にも満たない運動時間、日照時間。これでは健康状態を維持しろという方が無理な話です。


 日照時間の不足はどこに現れるかというと、それは"歯"です。
 歯がガタガタになってきます。
 現実に歯が痛くなってきます。そこでその状態を医者に訴え、カルシウムを飲みたいと購入許可を要求します。すると当局から、
「必要性を認めず」
という返事が返ってくるのです。
 何の検査もせず、勝手に「必要性」のあるなしを判断してしまうのです。

 拘置所職員、担当官の得意なセリフを紹介しましょう。
「法律には"そうしなければならない"と書いてない。だからしなくてもいい」
 彼らに何を要求しても、返ってくる言い草は、まずこのセリフだと思って間違いありません。全てこのセリフで押し通してしまうわけです。


 「法律」というものをどのように考えているか、分かろうというものです。私にカルシウムを買わせてやるかどうかなど、「法律」に書いてあるわけがない。確かにそんなことを認めると書いてはないでしょう。が、それなら「認めるな」とも書いてはないはずじゃないですか。そもそも法律に書いてないことは「法律」の問題などではないんです。法務省の役人、それも管理職に就いている者が、
「法律には書いてない」
などというセリフを平然と吐くのですから、聞いているこっちが情けなくなります。

 そこで今度は、
「1日40分間という運動時間を決めた根拠はどこにあるか」
を、医者に尋ねてみました。
 私に詰問された医者は、ただ黙り込んでしまうしかありません。
 「じゃあ、1日に最低必要な日照時間はどれくらいですか」
と畳みかけると、医者は無言で顔を赤くして行ってしまいました。怒っているようです。

 運動時間を決めた拘置所の「所内規則」には、何の根拠もないわけです。根拠もなしにでっちあげた規則なのに、これを守らない者には懲罰が課せられる。遵守させたいのならぱ、その「規則」が合理的で、意味のあるものであることを納得させるべきではないでしょうか。ただ単に規則を守れ、と言っても、それでは承服しかねます。

 私はよく拘置所の管理職に「所内規則」の多岐にわたる様々な規則における「正当性」を尋ねるのですが、誰からも明快な返答は返ってきたことがありません。
 さらに情けないことには、私に詰問されてやり込められてしまった職員が、他の同僚や上司にそのことを報告もしないらしく、私が違う職員に同じように説くと、その職員も同じようにやり込めることができてしまうのです。所内に「発展性」など皆無です。改善や改良など到底期待できないのです。

 職員たちは、それぞれがその場をうまくやり過ごせぱそれでいい、と思っています。私が何を説いても、何とかその場をごまかして、後はどうでもいい、と考えているのです。私が職員の言い逃れをさせまいとして、
「今言ったことを書いて署名して欲しい」
と要求すると、例によって例のセリフ。
「そんなことをしなきゃならんとは、法律のどこにも書いてない!」

 「法律のどこにも」ということは、スミからスミまでを知っているのだろう。にもかかわらず「法律」というものを理解していない。情けなさや怒りを通り越して、私はただ呆れるばかりです。

*        *

 60年の7月から夏場だけ入浴が週2回に増えました。以前は2週間に3回。これが2週に4回と増えたわけです。
 誰もがそうであるように、夏になると猛烈に頭が痒くなります。頭が痒くなるのはシャバの人も被疑者も変わりありません。ところが「所内規則」によって「水道で頭髪を洗うこと」は禁じられているのです。そこに水の出てくる水道があるのに、意味もなく使用させないという「規則」なのです。

 髪を水道で洗うと「違反」ということになり、懲罰が与えられます。根拠も理由もない「規則」を金科玉条のように奉り、その愚かしさに目を向けようともしない。ただ盲目的に慣例に従い、自分の持ち場で異例のことが起こらないように祈ることしかできない拘置所の職員たち。これは万事事なかれ主義の官僚体制が行き渡っている我がニッポンの、最も情けない点をそのまま具現したようなところ、そこに私たちが押し込められているということです。

 職員は下級官僚らしく自分を権威づけようとし、やたら威張っています。「証拠隠滅、逃亡のおそれがある」とのことで私たちは拘置されていますが、それでも私たちの権利が何もかも奪われたわけではありません。その2つに関する権利が奪われただけです。にもかかわらず「所内規則」を濫用して私からあらゆる自由を収奪し、平然としている。

 名前を呼び捨てにし、乱暴な物言いは当たり前、自分の都合が悪くなるとすぐに怒鳴りつけ■■■■■■■■■■(拘置所検閲抹消「表現の自由は無視です」の意――編集部注)20歳前の職員が、私に向かって、
「おまえらは――」
とのたまう。
 まったくやりきれません。

 入浴の回数が増えたのはありがたいことです。が、以前、ある職員がこんなことを言っていました。
「風呂は規則に従って、ちゃんと5日に1度づつ入れている」
 彼はつまり、規則通り滞りなくやっているのだから、自分たちに落ち度はない、と言いたかったのでしょう。そこでその時、私は説いてみました。
「あんたは5日に1度風呂に入るだけで充分なのかね」
 彼はなぜそんなことを説くんだという顔でこう答えました。
「俺は毎日入らんととてもやっていけんよ」

 私たちにしてみれば、入浴を1回増やすより洗髪だけ3回させてもらった方がありがたいと思うんです。それに、どう考えてもその方が水の消費量や燃料費だってセーブできるはずです。
 が、どんな合理的な理由があろうと「所内規則」にはかないません。

 私は59年の暮れ、頭のあちこちにデキ物ができ、中の1つが大きく腫れあがってしまいました。その場所が後頭部の真ん中で、痛くて上を向いて寝ることができなくなりました。
 それで勝手に頭を洗うことにしたんです。どうせならこの機会に確かめたいこともありました。
 水道で頭を洗ったことは、すぐに見つかりました。「違反だ」と言われ、懲罰も食いました。しかし、頭を洗ったことを「違反」と決めつけ、その上懲罰まで加えるのですから、私の犯した罪がどうして"悪い"ことなのかを明確にしなけれぱならないはずです。懲罰が言い渡される時は「保安課呼び出し」なるものが行われ「懲罰委員会」に出頭させられるのですが、私が髪を洗ったことを、どのように"悪い"と理由づけるかを楽しみにしていたのです。

 洗髪して4日ほどしてようやく後頭部の腫れが少しひき、やっと上を向いて寝られるようになりました。その翌日が入浴日でしたが、保安課は私が入浴してまた頭を洗ったのを待っていたかのように、私のデキ物の具合を医者に診察させました。
 医師は私の頭を診て、
「これはひどいな」
と言って薬をくれました。

 ところがその直後に「保安課呼び出し」がかかり、私は信じられない言葉を耳にしました。私は腫れのひどいデキ物があるために洗髪せざるを得なかった、と申し立てていたわけですが、保安課長は当の本人に対して、
「君の言ったような事実はなかった」
と、デキ物の存在を否定したのです。
 他人の頭の中にあるデキ物。それがどんなに痛く、どんなに腫れていようと、それは本人の気のせいだ、と言うのです。デキ物なんてない、と。しかし、それなら私を診察した医師がくれた薬は、一体何なのでしょうか。

 「懲罰委員会」によると、洗髪が不当であるとする理由は「水を浪費したから」ということでした。が、考えてもみて下さい、どのようにして水を浪費したことを確認できるのでしょうか。「浪費した」など、保安課の一方的な推測に過ぎません。懲罰という私にとっては生活そのものにかかわる重い現実は、ありもしない推測によって決められているわけでした。

 この「懲罰委員会」では、実はもうひと悶着(もんちゃく)ありました。
 1番最初に、保安課の部屋へ入って行くと拘置所のお歴々を前にして、
「キヲツケ、レイ、ナオレ」
の号令がかかるんです。
 私は一礼してから「ナオレ」と言うので、「キヲツケ」の姿勢を直して「ヤスメ」の姿勢をとりました。勘違いです。
 号令した方は「ナオレ」と言ったのは「レイ」を直すのであって「キヲツケ」はそのまま、という風に思っています。それで私が勝手に「ヤスメ」をしているのを見て声を張りあげます。普段、私と1対1で接している時は神妙なのに、エラい上司が側にいるとやたら虚勢を張りたがる。これにもウンザリです。

 「キヲツケだッ!」
「あなたがナオレと言ったじゃないか」
 勘違いしたまま私は抗議しました。ところが、この抗議に対する返事が、私の勘違いのこととは全く別の方へ向いていたので訳が分からなくなったのです。
 「そんなこと、言っとらんッ!」
"ナオレと言った覚えはない"とはどういうことなのでしょうか。私は自分の頭が混乱するのと怒りがこみあげてくるのを抑えながら、その場に立ち会っている他の5人の職員に確かめました。
「今、この人がナオレと言ったのをみんな聞いたはずだ」
 すると、何ということでしょう。5人が5人とも全員一致して、
「聞いてない」
と答えるのです。

 拘置所の職員にとって、収容されている者などどうでもいいのです。人間とも思ってないのではないでしょうか。何かトラブルが起きた時、それは全て私たちに押しつけ、自分たちに落ち度がなかったとする。私は目もくらむ思いでした。

 洗髪が「水の浪費」という理由で不可となることを知った私は、この一件のほとぼりが充分にさめるのを待ち、一計を案じて次のような願箋を出しました。
「私は○階○号室にいる者ですが、水道料金をこちらで支払いますので随時洗髪の許可を願います……関係課長殿」

 さっそく次席がやってきました。
 「願い出の件、検討の結果、水の使用量を計る方法がなく、また各室に計量メーターを取り付けるのには多額の費用がかかるため、不許可である」
 「それなら銭湯と同じ料金を徴収すれぱいいじゃないですか。それより、何なら水1トン分の料金を払うが、どうか」
 「……」
黙り込んでしまった。とにかく、洗髪を許さない理由などないのだ。ただ単に、所内規則で禁止していることを許すわけにはいかないという、それだけのことなのです。水の使用量を計る方法がないことは、当局の方が明らかにしたのですから、私が「水を浪費して」洗髪したことで懲罰を受けたのは、全く証拠もなしに処分されたということを向こうから立証してくれたようなものです。
 処罰するのに証拠などいらぬ。言うことをきかず、お上に逆らうフトい奴には目にもの見せてやる。まるで江戸時代の"悪代官"と同じなのです。

 ある管理職と話していた時、その男がどうやら「人権」という言葉の意味を知らないらしいと感じたので、つい口に出して言ったことがあります。
「どうもここの職員は、人権教育を受けていないと見えて人権無視も甚だしい」
 管理職氏は血相を変えて反論します。
「我々はちゃんと教育を受けているし、人権もちゃんと守っている」
 「それじゃ訊きますが、人権とは何です」
「……」
「人権と基本的人権とはどう違うんです」
「……」
「人権とは何か、どこに書いてあるんです。憲法?法律?どこです」
「……」
「それみなさい。人権が何であるか、意味も分からずにジンケン、ジンケンと言ってるんではないですか」
「そんなことはない、分かっているとも」
「それじゃどうして答えないんですか」
「答える必要はない!」
「どうしてです」
「法律にそのような質問に答えなければならないなどと書いでないからだ!」
おなじみの得意セリフが出てきたところで、チョン。

*        *

 コーチの可児君はもっとひどい懲罰にあっています。
 暴走族傷害事件の公判の際、傍聴人と話をした、というのです。可児君はこの件で3週間の懲罰。
 その懲罰委員会では、例によって怒号が飛び交ったと言います。可児君に言わせれば、「ただ傍聴人に手を挙げて見せただけ」
 私もそんなところだと思います。法廷で傍聴人と話をすることなど、たとえその意思があったところで、現実に可能なはずがない。
 しかも、訳が分からないのは、可児君のしたことは法廷でのことであり、拘置所内の出来事ではない、という点です。裁判長が懲罰を命じたのならともかく(そんなこともあり得ませんが)、どうして可児君が法廷での、つまり拘置所「外」での行為のために拘置所「内」規則に従って懲罰を受けねばならないのか、ということです。

 滅茶苦茶なことが多過ぎます。
 裁判のある日は、出廷前に、法廷での注意事項が読みあげられます。これは最近始まったことなのですが、この注意事項なるものが、1回ごとに内容が変わってくるんです。
 私たちの裁判は始まってからもう2年にもなるというのに、コーチたちと未だに1度たりとも打ち合わせを行えないでいるんです。ちょっと信じられないでしょうが、被告同士の打ち合わせは「禁止」されています。その上、出廷ごとに"注意事項"を変えて、私たちが意思疎通することを妨害しようというわけです。

 ある時、出廷前に次のような告知がありました。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。(検閲抹消。この部分の大意を復元すると、「閉廷後、休廷後の弁護士との打ち合わせは、開廷中に裁判長の許可を得ること」となる――編集部注)そこで私は昼の休廷前に、休廷後の打ち合わせの許可を要求した。すると裁判長は「休廷後じゃなしに今やれ」と言う。
 私は「拘置所の職員がそう言ったから」と説明すると、さあ職員は大慌てです。
 次席保安課長が、
「申し上げます!」
と大声を出し、裁判長は何のことか分からずに「まあいいじゃないですか」と、その場で打ち合わせをさせてくれました。
 休廷後、次席課長は私を睨みつけて言いました。
「オイ、おまえ、俺は休廷後のことなど言った覚えはない」
「オマエとは何だ!言ったか言わぬか、あの紙を見ればすぐ分かる。ここに持ってきてみろ」
と私。"あの紙"とは、出廷前に職員が私に告知をした時のメモのことです。
 「その必要はない」
「見せるわけにはいくまい。諸君は平気でウソを吐くからこういうことになるんだ」
「ウソなど言っていない。あの紙には休廷後のことなど書いてないから、そんなことを言うはずがない」
「確かか?」
「確かだ!」
「それなら見せても何の不都合もなかろう。ここへ持ってきてみろ」
次席はうめくようにこう答えるしかありません。
「見せる必要はない」
 「このウソ吐き野郎!」
「我々はウソは吐かない」
と、その言葉が最も代表的な彼らのウソなのですが、ウソを吐いてないという証拠を見せずにこう言い張るのですから、本当に気楽な人たちです。私とのやりとりが裁判だったらどうするんでしようね。

 しかし情けない限りです。こんなグレードの低いやりとりを、しかも、法務省の管理職を相手にしなければならないとは。
 都合の悪いことは何もかも弱い者に押しつけて、自分たちは知らぬ顔。そうすることが当然と、完全に慣れ切っているのです。これが拘置所の役人ですから、まだ被害は少なくて済んでいるとも言えるんです。直接被害を被るのは私たち拘置所に収容されている人間だけですからね。が、検事や判事、警察官もが同じようなことをしているとなると、その害は計り知れません。
 それは私たちのように容疑をかけられている人間のみならず、広く一般市民とも無関係ではあり得ないからです。

 拘置所の職員のすることで許し難いことはいくらでもあるのですが、その1つは「表現の自由」の■■(検閲抹消。「無視」の意――編集部注)です。

 証拠隠滅を防ぐ、恐迫を防ぐ等と称して手紙や原稿の検閲をするのですが、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(検閲抹消「検察や拘置所の都合の悪いことを書いてあると抹消してしまう」の意――編集部注)のです。いわく「管理運営上の都合」、あるいは「他人に誤解を与えるおそれがある」。どこまで思い上がった人たちでしょう。誤解しようとさせようと自由です。何も拘置所の許可を受けてから誤解をする必要はさらさらありません。
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(検閲抹消。「この原稿も様々な妨害を受けた」の意。――編集部注)のです。コピーもとられました。慌て者がそのコピーを私に見せてしまったのです。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(検閲抹消。「おそらく手紙もコピーをとられているでしょう。どこのどなたに回すことやら」の意――編集部注)。

 手紙や原稿の検閲と同じように、面会には必ず立ち会いがつきます。私の場合は要注意人物とみえて、2人も立ち会います。その立ち会い人が要点を記録してしまうのです。さらに恐ろしいことは、弁護士との打ち合わせが■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。(検閲抹消。「盗聴されて検察に筒抜けになっています」の意――編集部注)これはもう「表現の自由」などの問題ではなく、裁判制度そのものの問題でしょう。

 検察の言う通りに認めて恐れ入って見せれぱよし。そうでなければ釈放しないのは、このためでもあります。自分側の情報は固く閉ざし、相手側の情報を全て手に入れる。その上被告同士の打ち合わせを禁止し、情報交換も行えないようにする。被告と国家権力をいかに対等に闘わせるかというための刑事訴訟法等が全く骨抜きにされているのです。拘置所はそのために検察に■■■■■■■■■■■■(検閲抹消。「利用し尽くされているのです」の意――編集部注)。

 しかし何度も言うように、そういうことのないようにするのが裁判官の役目なのです。

 "あの紙"については後日談があります。
 その次の公判の時、また同じように"告知"がありました。「その紙を見せろ」と言うと、
「"告知"だから言えばいいのだ」とおっしゃる。別にしゃべるだけが告知じゃないが、一事が万事、テメエの都合のよい解釈しかできない人たちです。私は無理矢理取り上げて読んで見ると、何と先回問題となったないはずの個所が■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(検閲抹消。「2本線で消されておりました」の意――編集部注)せめて全部書き直しておけぱよいのに、オソマツさまでした。

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 起訴されておよそ4か月、58年の10月13日になってようやく第1回公判が行われました。

 悪名高い「戸塚ヨット」の第1回公判ということで、当日の名古屋地方裁判所前にはテント村ができ、傍聴人は列をなし、ほとんどお祭り騒ぎでした。
 検察にとっては晴れの舞台、ズラリと並んで威を誇る。が、実質的には起訴状の朗読と弁護側の反対弁論で閉廷、内容はこれといったものもありません。