2002年10月20日(日)    卒業生達 (2)

今月もまた、戸塚ヨット卒業生の平澤さんがお手伝いに来て下さっています(詳しくは平成14年9月23日の日記で)。ただ、残念ながらあまりいい風は吹いていないよう。それでも21日は何とか午後だけ海上訓練に出たそうです。

それから、卒業生というわけではないのですが、やはり今から20年位前、「日曜スクール」に来ていた生徒が手伝いに来て下さっています。「日曜スクール」は問題児ではなく、普通児がヨットやウインドサーフィンを習う機会でした。日曜だけ開いていたので「日曜スクール」。

当時、ウインドサーフィンが飛び抜けて上手くて、コーチも舌を巻くほどだった生徒がいました。それが大野さん。その大野さんが、最近ちょくちょくスクールに遊びに来ておられるのです。何でも、ウインドをやるのは本当に久しぶりで、何より道具の進化に"浦島太郎"状態だったとか。しかし、それにも徐々に慣れ、本来の才能を現役生の前で発揮しつつあるようです。こういった方の存在は、今の生徒達にも励みになってとてもいいことです。

先週、寄り道が多くてそろそろコーチの雷が落ちそうだと書いた児玉君(中3)。実は、雷が落ちる前に"脱走"してしまったのです。"脱走"といっても新入生達のものとは違います。友達の家に泊まりに行き、帰って来なかったのです。つまり、居場所はほぼ確定。

しかし、問題は今中間テスト真っ最中だったこと。児玉君はテストを無断で休んでしまいました。「随分立派になったなぁ」と、親ならずともうれしく、微笑ましく思っていた児玉君だけに、私もショックでした。「これではまた訓練のやり直し?」――そんな不安も頭をよぎりました。

でも、立派だなと思ったのは親御さん。コーチからの"脱走"連絡にまったく取り乱すことなく、「放っておいて下さい。自分のやったことだから、自分で始末をつけさせなければ」と、突き放した姿勢を貫かれました。そんな親御さんに、児玉君は"脱走"してすぐ電話を入れ、「帰るのが1番いいことは分かってる。少し考える時間が欲しい」と言い置いていました。

スクールも、一応卒業した生徒なのですから、児玉君自身にその始末を任せ、探さず見守りました。すると21日夜、児玉君は自分から帰ってきました。既に、学校にも行き、泊めさせてくれた友達と共に、担任の先生に事情を説明し終えていました。コーチを前に、正座した彼は「ご迷惑をお掛けしてすみません」と一言言ったきり、身体を固めて動かなかったそうです。

コーチはその児玉君の態度を見て、こまごました事情を聞くのもやめ、ただ、バリカンを渡して「自分で坊主にして来い」と言いました。児玉君は、スクールがこういう時必ず生徒を坊主にする所と分かっています。分かった上で帰ってきて、きちんと自分で"みそぎ"を終えました。

今回のことは、「スクールで1年も訓練したのに今更脱走?」と、私ならずとも、コーチ、親御さん、皆を一瞬失望させました。でも、結果的に、彼は自分で自分やったことの"後始末"をし、自分から不快感の中に帰ってきました。

スクールに入校する前、しょっちゅう家出をして親を困らせていた児玉君。以前なら家出をしたらしたまんま。親のことなんて気にも留めていませんでした。やっと見つけて連れ帰してもまた家出…。

あれから1年半後、彼は悪いことを悪いと分かりながらやり、そのことによって自分を追い込んでしまっています。でも、彼の中にはしっかりと「罪の意識」が芽生えている。だから、逃げ出したし、親にもちゃんと連絡を入れているんです。普通の家でさえ、悪いことをした後に帰るのは嫌なもの。ましてや戸塚ヨットに帰る足は、相当重かったと思います。

彼はまだ15歳だし、これからも、こうした"行きつ戻りつ"の局面はたくさんあるのでしょう。でも、そうやって人間は成長していくんだろうな…。今回のことは、私にも色々考える機会を与えてくれました。


※文中の生徒名は全て仮名です。

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