昨年6月に入校した田口君は現在31歳。高校を中退してからシンナーを吸い、引きこもりと家庭内暴力で、随分長い間家族を悩ませていました。
引きこもりと言ってもコンビニやファーストフード店には出掛け、その帰りに実家が経営する店に立ち寄り、居座るのです。これがただ座っているだけなのですが、何しろ180cm・110kgほどの巨漢で、しかも顔が怖いため大いに営業妨害。どかそうにもどかず、「ここは俺の店」といった顔で従業員まで威圧します。家は母子家庭でしたから、母親にはどうすることもできませんでした。
そんな彼を母親はやっとの思いで戸塚ヨットに入校させます。もちろん、自分から行くわけはありませんから助っ人を頼んでの入校でした。
入校当時、とても粘着質な彼は、執拗に人を見続けました。とにかく誰でもいいからすがれる人が欲しかったんだと思います。本当は気が小さく、神経質な性格の現れだったのでしょう。それでも見つめられた方はたまりませんでした。
彼には「引きこもり」という病気以外にもう1つ、大きな病気がありました。「カイセン」というもので、ダニが毛穴に住み込んで全身に赤いブツブツや水ぶくれができるという病気。彼は入校前、ほとんど風呂に入ることがなかったようです。入校してからもなかなか風呂に入らず、体臭と不潔さで周囲を困らせていました。
そんな身体でしたから海に入ることもままならず、訓練は遅々として進みませんでした。それでもコーチが様子を見ながら海上訓練を続けさせ(途中、入院等で何度も中断しましたが)、今では体重も30kg減り、カイセンはすっかり治っています。戸塚ヨットでよくアレルギー性の病気(アトピー性皮膚炎や花粉症、喘息など)が治ったという話は聞いていましたが、これも脳幹トレーニングの効果の1つかもしれません。もちろん、きちんと風呂に入ったり、薬を塗ったり、当たり前のことを当たり前にできるようになったことも大きいでしょう。
すっかり落ち着いた田口君。今では話し振りも普通ですし、進んで台所仕事(特に鍋振りが大好き)も手伝って友好的。夜は毎日散歩に出掛けて身体を動かし、暇さえあれば独自の瞑想をして精神を鍛えようとしています。本来持っている几帳面さ、一途さがいいように現れてきました。
更に最近はきめ細かな気遣いを見せ、コーチが訓練から上がってきたらスイカが切って並べてあったり、お客さんが来たのに離れた所にいるコーチを見つけ、自転車で呼びに来て「これに乗って行って下さい」と差し出したり…。その意外な一面に、小杉コーチも驚いていました。
また、道具の修理が上手なようで、これまた意外に几帳面な上田君(21歳)とペアになり、ほぼ完璧な"整備士"になっているとか。人間やはり何がしかいいところがあるもの。せっかく出てきたいい個性を大切に、それがきちんと定着するまで訓練を続け、ゆくゆくは社会に出て活用していってくれたらいいなと思います。
そういえば、入校当時わけの分からない英語を並べ立てていたのもなくなりました。イギリス留学経験があるとかで、都合が悪くなると英語で独り言を言うんです。この内容がまた支離滅裂で…。あれも彼の気持ち悪さを一層際立たせていましたが、人間らしくなってきて本当にほっとします。
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