2003年2月20日(木)    第118回 東京セミナー

校長代理の山口コーチが、初めて名古屋・大阪と回って来たセミナーも東京で最後です。会場には10年来の常連さんや、父兄、相談者、国会議員など、様々な方が集まりました。「自分は人前で話す器ではない」と前置きしたコーチですが、私達が投げかける質問一つ一つに、丁寧に、かつ的確に答えていました。

コーチとスクールとの出会いは、戸塚校長の太平洋横断ヨットレースにさかのぼります。その驚異的な記録を知ったコーチは、「是非、校長に弟子入りさせて欲しい」と手紙を出します。最初は相手にしなかった校長も、その熱意に根負け。今からもう、25年も前の話です。

当時は週休ゼロ日、24時間勤務。そんな中、スクールに1人の不登校児が混じり、不登校が直ってから、一気に問題児矯正施設へと流れていきます。マックス100名以上の生徒を抱え(半端じゃない非行が半分以上だった)、とにかく毎日があっという間に過ぎていったそうです。でも、とにかく充実していて、夢中だった。

そして事件。逮捕拘留…。いつ出られるとも分からない不安の中、3年もの間を読書に明け暮れて過ごします。裁判中も、「なぜ自分がここにいるのか全く分からなかった」そうです。"傷害致死"などでは決してない…。

やっとスクールに復帰し、自由を獲得してからは、コーチ全員がより技術力を要するウインドサーフィンにはまり、スクールもウインド主体に移行していきます。しかし、生徒は2〜3名といった苦しい時期が長く続きました。

ここ数年になり、やっと生徒も増え、安定ムードが出てきたところで最高裁の判決。「いつかは」と思っていましたが…。実刑が確定し、刑に服してから6ヶ月目(満期1ヶ月前)、刑期短縮を諮る審議会が開かれます。その場で「スクールに戻りません」と言えば短縮。ウソも方便です。しかし、コーチはついにその言葉を発しませんでした。そして満期。

昨年12月。コーチはやっとスクールに完全復帰を果たします。果たしてウインドの腕前は落ちていないか…。少々のためらいの中で生徒と海上に出ると、「やはり自分が1番上手かった」。25年間続けてきた精神のトレーニングは、ちょっとやそっとじゃあ揺るぎません。

スクールで、生徒が本当にいい顔になっていくのを見るのが一番のやりがい。そんなコーチは、これから益々スクールを発展させていくことを心に誓っています。スクールが、必要とされる限り。


※文中の生徒名は全て仮名です。

2月
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 


 

 

 



 
10
 
11
12
 
13
 
14
15
 
16
 
17
18
 
19
20
21
 
22
 
23
 
24
25
 
26
27
 
28