第十八回 東京セミナー
〜子供達はなぜ“逃げる”のか〜
[「自主性」も「平和」もつくるもの]
我々のところは、ものを言う場合、あるいはトレーニングをする場合、まず定義から考えていきます。
例えば「戦争か平和か」と言うのはいいんだけれども、「戦争より平和だ」と言うのは間違っている。
よくうちで、昔盛んに喧嘩したことに、「子供の自主性」というのがあるんです。子供に自主性があるかどうか。「子供の自主性を尊重しろ」と言うからには子供には自主性があると皆思ってるんでしょうね。だけどよく考えてみると、完全に自主性ができたらそれはもう子供じゃない、大人です。教育の必要はない。
さらに、一般に、わけが分からないでみんな言っているんでしょうけど、本当に完全に子供の自主性を尊重したならば、子供が自殺するのを止めてはいけないということになる。あるいは非行を止めてはいけない、登校拒否は勝手にやらせておけ、ということになってしまいますね。いったいどこでそれを区別するのか。
同じように、戦争だ平和だという論議の時に、「平和は絶対」と言ってしまったらもう議論は成り立ちません。自主性と全く同じ。
自主性というのは自分で作るものです。それを作るのが教育。それなのに初めから自主性があるものとすると、自主性とわがまま、あるいはやりたい放題と言うのでしょうか、そういうことの区別がつかなくなってしまいます。
平和というのは勝ち取るものです。決してあるものではない。まずは勝ち取って、今度はそれを守るものです。その手段が力です。だから軍隊がいる。
それを、戦前の反動か何か分かりませんが、「軍隊は悪」「戦争したらもうそれは悪なんだ」と言う。それは成り立たないでしょう。こんなことを言うのは日本だけだと思う。
誰だって平和の方がいいに決まってるんだけど、どうやってそれを確保するかということを忘れています。平和は最後の目的です。その手段として、軍隊、戦争、力、そういうものがあるわけです。
いわゆる平和主義者の言うことを聞いていると、イジメの問題でもそうですが、「いじめられたらじっと我慢すれば平和じゃないか」と言うのと一緒です。
戦術として、とりあえずイジメを解決しようと思ったら反撃すればいいんです。反撃されるといじめる方も痛い目にあうからしない。これが力でもって、とりあえずイジメを解決する方法です。もちろん根本的にはそんなことでは治りません。これは単なる戦術です。
[「理性」を見直そう]
日本の議論というのは皆他人事です。我が身に振り返らないという欠点がある。
例えば人種問題が起こる、「人種差別は絶対いけない」と言う、それならば自分の娘が黒人と結婚すると言った時に喜べるのか、喜べないですね。ちゃんと自分も人種差別をするわけです。それなのに他人に対して「人種差別はいけない」という。こんなチャランポランなことを言うから話が最初からかみ合わないんです。
あるいは大学問題。「大学は不要」というような言い方がある。学歴不要論。
ではこれも同じように、もし自分が会社を経営しているとして、新入社員を採用する時に大卒がいいか高卒がいいかというと、みんな大卒を選ぶわけです。
あるいは自分の娘に結婚させる相手として、中卒がいいのか大卒がいいのか。誰だって大卒がいいに決まっています。やっぱり自分も学歴を気にしている。だから学歴は未だに有用なんです。
他の色んなことも、そうやって我が身に振り返ってもう1度考え直してみたらどうか。
我々のところで強く主張しているのが、今までの教育論にしろ、社会問題、例えば人種問題にしろ、学歴問題にしろ、全部理性論でした。その理性論がどうも間違っていたんじゃないだろうか。
もう1度精神の構造をよく見直してみて、その中で理性とは一体何なんだろうかということをきちんと把握する。その上でいったいどこが間違っていたのかを考えてみる。そういうことが必要だと思います。
[脳が虚弱化している]
我々の結論は非常に単純でして、「脳が虚弱化している」という、ただこれだけです。それによって色んな現象が起こっている。
今日本で起こっている子供の問題、実際は子供だけではなく成人の問題にもなっていますし、老人の問題にもなっています、そういうことが、以前は割と少なかったのにこの頃は目を覆うばかりの状態です。本当に健康な人がいったいいるんだろうかというぐらい、皆どこか病気を持っている。
医者は「無病息災」と言うのが本当なのに「一病息災」なんて言い出す。こんな状態はおかしい。
あるいは神経症の人がやけに多過ぎる。子供のぜんそく、アトピー性皮膚炎、糖尿病まである。エイズは世界的に流行し、がんは死亡率の1位になるほど多い。これはおかしいです。
こういうことを専門家はどうしても解決できない。
「教育荒廃」という問題がある。これも専門家では解決できない。すると、何かもっと根本的な問題があるんじゃないだろうか。
それを、我々が作った「脳の虚弱」という1つの仮説に当てはめてみると、全てが非常にうまく説明できます。これなら、その解決方法は逆に脳のトレーニングをすればいいんです。
さて、脳のトレーニングをするにはどうしたらいいか。これが、我々が偶然にもやっていた事柄です。ヨットを使うと脳のトレーニングができる。
では、全く同じメカニズムを使ってヨットを使わずにもできないだろうか。特にお年寄りとか病人にもできるような方法で。
今実際にヨットを使わずにやってみているんですが、プールでもできることが分かりました。もしかしたらもっと虚弱な環境でもできるかもしれません。今の所はまだプールまでなんですが、そういう可能性が見えてきています。
[逃げる子供達]
今回は“逃げ”ということについて話します。うちに来る子供はみんな“逃げる子供”なんです。これは共通している。
社会のルールから逃げるのが「非行」です。学校から逃げて「登校拒否」。自分の攻撃衝動を弱いものに発散する「校内暴力」、「家庭内暴力」もそうです、相手が反撃してこないというのが前提になっています。
昔、閉鎖になる前にうちに来た子供で、人口30万か40万の中都市の中学校の総番長、非行の1番偉い奴、というのがいました。それが卒業と同時にうちに来たわけです。テレビは面白がってその子をずっと追いかけていました。
学校で卒業式の時、その子は先頭に立って、いかにも非行の好きそうな派手な洋服を着て、子分を後ろに従えて、女の子を横にはべらして、のし歩いているわけです。そのまま卒業式に入って行って、真ん中で陣取ってワァワァ騒ぐ。卒業式そのものはそういうことに一切関係なしに進んでいます。
式が終わると、その子は皆にあいさつをして出て来る。そのままヨットスクールに来たわけですが、誰も、そういう無法というか、無作法をたしなめることができないんですね。
我々のところに来て、まず「面白いのが来たぞ」ということで私が会ってみます。そうすると、仁義をきるんです、「お世話になります」とか言って。「うるさいから立て」と言って立たせて「ここに来たら言うことを聞くか」と聞くと、「聞くわけねえだろう」と言います。「じゃあ、聞かせるよりしょうがないなあ」と言って「殴るから覚悟しろよ」と、1メートル80いくつあるそいつを上に向かってボカっと殴ってやります
そして、「ほら、殴られっぱなしじゃいかんだろう、かかってこい」と言ってやるんです。すると途端に小さくなってしまう。あんまりにも情けないんでこっちはカッとくるんです。今まで散々威張っていた奴がそのざまですよ。
マスコミによると「殴る蹴るの暴力」だそうですけど、その後ホントに半殺しの目に合わせます。すると途端におとなしくなってしまうんです。
我々が見て大変に情けないと思うのは、反撃をしないということ。男は反撃しなくちゃ。我々は強い人間ですが、どうしてそういう強い人間の前だとすくんでしまうのか。つまりは強い奴からは“逃げるんだ”ということ。
男というのは、本能的に強い奴には立ち向かうようにできているんです。だから相手が強いとみたら、「負けてもいいからやってみよう」という気構えがないといけません。
しかし、これは急にできるものではありません。誰でも本能的にはそういうものを持っているんですが、それを小さい頃からちょこちょこと小当たりで試してみるんです。自分よりちょっと強い奴に向かって攻撃するわけです。
[今のイジメは本能に反している]
『順位性』というのがありまして、動物は1つの群れに例えばオスが50匹いると、bP〜50まできれいに並ぶ性質があります。順番というのは自分で勝ち取るものです。力で勝ち取るんですよ、喧嘩をして。
bPは50と喧嘩するわけがありません、ランクが違うんだから。それから35が36に喧嘩を売るということもありません。もし負けたら順番が入れ替わるから損なんです。
喧嘩を売るのは必ずすぐ上の人間に対してです。35は34に喧嘩を売るんです。それが当たり前だから。ここで「強きをくじき・・・」というのが出てくるんです。
それなのに、イジメという現象を見てみると、自分より弱い者をいじめている。
我々は男として、1つ上の者をやっつけよう、そして自分がそれに成り上がっていこうとする本能があるから、下の者をいじめるということに対してものすごく抵抗があるんです。だからイジメを見ていると「なんて卑怯な奴らだ」と思います。
それと、自分のランクを決めるんだから、喧嘩は1対1でしないといけないんです。しかしイジメは1対多数でやるんですね。だからさらに卑怯だと思うんです。
このようにイジメという現象は、本能に反した行動です。これがどうして起こるのか。
[子供が卑怯になっている]
先程の総番長ですが、弱い奴が総番長になっている。おそらく口で決めたんでしょう、押し出しはいいし、口は達者だし。そういう奴が総番長になるんです。大変情ない世の中です、実力でなってはいないということですよね。
今までたくさんの子供がうちに来て、その中で、丈夫で、番を張ってましたなんて威張る奴はみんなコーチと喧嘩をします。喧嘩を売るのはこっちなんですが、これが1人も反撃してこない。
最盛期には90人近くの子供がいて、そのうちの半数以上、50人くらいが非行でした。コーチというのは10数名しかいないんだから、非行の子供が結束して向かって来たらこっちはやられるわけです。しかし全然結束ができない。そんな能力もない。
本当に情けないなぁと思ったのは、裏に回ってやろうとすること。正面に出ずに、自分は裏に回って誰かにやらせる。
よく知恵遅れ気味の子供が入ってくるものですから、そういう子供達が利用されて、合宿所に火をつけたり、あるいは殺人事件が起きたり。やった本人は主犯ではないなんですね、裏でやらしてる奴がいるんです。
船から行方不明になった子供が出た時がありますが、その時もそういう奴が乗っていた。どうもそいつが何かやったんじゃないかなと思うんだけれども、証拠がない。
とにかくそういうふうに、裏に裏に回ってやるわけです。卑怯ですね。それなのに本人は“いい子”で通っちゃうんです。そういうこともたくさんありました。
これも何か重要な問題を抱えているだろうと思います。人間というのはそんなに卑怯なものではない。もっと堂々としているものです。どうしてみんなこんなに卑怯になってしまったのか。特に問題児というのはあまりにも卑怯なんです。
もう1つが、口先の問題。大人が「言えば分かる」なんていうバカなことを言ってしまったもんで、子供は「僕できます」と言ったらそれでもういいことになっちゃった。「僕はいい子です」と言ったらいい子になってしまう。
このため、子供が口でごまかすことを防ぎようがなくなってしまったんです。「言うだけではなく、やってみないといけない」ということにしておけばよかったのに。「口で言ったってダメだ」と、世の中のすう勢をそういうふうにしておけばよかったのに。
ところが、大人の方が格好つけてしまって「言えば分かる」なんてことを言い出したもんで、子供だって「言えばいい」ということになってしまった。
うちには日曜日だけごく普通の子供が来ます。その子供達をヨットに乗せます。初日の夕方、練習が終わると感想を聞きます。すると「世の中に自分の思い通りにならないものがあることが初めて分かった」と、かなりの確率でこれを言うんです。ということは、たかが小学生が、「世の中全部自分の思い通りになる」とその時まで信じ込んでいたんですね。これは大変恐ろしいことです。明らかな教育の失敗です。こういうことがどんどんどんどん出てくるんです。
[お金のありがたみを教える方法]
あるいは、小遣いのやりすぎ。
日本が豊かになったもので、今はとんでもない金もうけをする人が増えてきました。建築業者や、流行の物を売る人、ちょっと流行ると大儲けしますからね。占い師や、学校の先生なのに塾で散々稼ぐ人、そういうところの子供がよくうちに来ます。
その1人で、中学1年生の登校拒否の子供がいました。そしてその子供に夏休みの間に200万の小遣いをやった親がいる。こういうのを見ると吐き気がするんだけれども、親は威張っているわけです、「小遣い200万をやった」と。
当時うちは入校金50万でした。親に「何でうちに入れたんだ」と聞くと、「小遣いやるよりもお前のところの方が安いから」と言う。さらに「効果は期待していませんよ」と言うんですね。もう本当に頭から世の中をバカにしている人でした。
「それならやってやろうじゃないか」ということで、親には「もう帰っていい」と言いいます。そうなると情けない親で、寂しがって「1日ここにいます」と言う。それで近くの旅館に泊まる。
「せっかくそばにいるんだから、ちょっと効果を上げて見せてやろうか」ということで、金というものがいかにありがたいものであるかということを、その子供に本心から分からせてやることにしました。
今まで、下手をすると200万の小遣いをもらっていた子供に対して、どうやって100円のありがたみを分からせるか。
これは、実は非常に簡単なんです。物をみんな取ってしまえばいい。今享受している価値というものを、まずみんな奪うんです。こちらがちょっと悪役になってそれをやって、最後にまた与えてやるんです。
100円のありがたみを分からせるには、金を全部取ってしまって、一切使えないような状態をまず作り出す。そこで金がないとどの程度ひどい目に遭うかということを分からせておいて、最後に金を与えればいいんです。
では具体的にどういうことをするのか。
その子を、朝、ヨットで海に出します。昼に帰ってきた時に水を飲ませないようにします。「おまえは太り過ぎているから水を飲むな」と言って。ご飯は食べさせます。
そのまま昼からもヨットをやらせ、夕方になると、夏ですから喉がカラカラになっています。その状態をまず作るんです。普通はみんな浴びるほど水を飲む。そのくらい水分が蒸発しています。その状態を作っておいて、夕方も水を飲ませずに「ちょっとこっちに来い」とその子を呼び寄せます。
ここで会計の人に「おい100円くれないか」と言って100円をもらいます。「お前ついて来い」と言って近くの街の方に行って、自動販売機の前に立つ。「お前どれ飲みたいんだ?」と聞くと「あれだ」と言う。もう飲ませてもらえると思っているんですよ。
そしてジュースを買ってそれを私が飲むんです。するとその子供がガクッとくる。そのまま「帰ろう、帰ろう」と言って帰っちゃうんです。
子供はもう、目の前に見せられたもんで飲みたくてしょうがなくなっています。その状態を作っておいて、親を呼んで「子供に100円やれ」と言う。そこで子供に100円をやらせる。「お前、好きな物を買って飲め」と言って自動販売機でジュースを買わせる。これで100円のありがたみが分かるんです。
とにかくまず奪うということ。価値を奪う。これが1番重要なことです。彼らが、分不相応な価値を享受しているという、この現実をまず取らないといけません。そのためには合宿させるしかないわけです。
[目が吊り上るにも理由がある]
非行を見てみると、あれは明らかに“逃げ”です。ここで、さらによく考えると2つの問題が出てきます。
1つは、立ち向かわないといけない時に逃げるのはどうしてなのかということ。もう1つは、逃げてどうしようとしているのかということ。
非行という反社会的行為に逃げるんだけれども、それだって人間の行動には必ず目的があるんだから、何がしか目的があるはずです。この2つを解明しておかないことには非行の解決はできません。
どうしても嘘だと思うのは「言えば分かる」ということ。「非行をやめろ」と言ったって誰もやめません。
こういう例があります。非行の、特に女の子の場合、目が吊り上っています。7割以上、8割方です。この目をうちで下げてやります。その下げさせる方法ですが、まず言っても分からないですよね、「目を下げろ」と言っても下がらない。
その女の子が合宿所に来る。「こっちに来い」と言うと来ます。うちに来て言うことを聞かない子は1人もいません。まず雰囲気が違うから。うちは言うことを聞かないといけない雰囲気を持っている。
そこで、「座れ」と言うとそこに座ります。「利き腕はどちらだ」と聞いてやると大抵右ですね。その場合は、左腕の肉の厚い部分を竹刀で殴ってやるんです。そんなに力は入れなくてもいい。顔を上げさせたまま何回か殴ってやります。すると目がすっと下がっていく。下りきったところでやめればいい。10秒〜20秒程のことです。
世間で言われているやり方でその子の目を下げさせようとすると、どれだけ苦労するか。カウンセリングとか、精神分析とか、説得するとか宗教団体に入れるとか。ところがその程度のことは10秒もあれば簡単に直ることなんです。
なぜ簡単にそういうことができるかというと、目が吊り上るにはその原因があるわけで、それを取り除いてやったからです。
この原因というのも、別に我々が究明したわけではありません。生意気な子が来て、ちょっと反抗したもので、座らせて竹刀で殴ったら目が下がったという、事実が先に起こったんです。それから、みんなにやってみると見事にみんな目が下がった。
我々の場合は、あれこれたくさん考えるわけではありません。事実がまず起こって、だからこうなんだと分かるだけです。現実が先に起こる。
この、目が吊り上るという現象については我々はこう考えています。これは、どう考えても理性のランクで起こっているんじゃない。もし理性のランクに問題があるんだったらば、「言えば分かる」から。「目を下げろ」と言ったら下がるはずなんです。ところが、そういう子供にどんなに「目を下げろ」と言っても下がらない。ということは、理性に問題があるわけではない、理性以下に問題があるわけです。そこで、本能を探ってみます。
[男が弱いと子供の目が吊り上る]
我々は精神を3段階で考えます。1番上が理性、その下が本能、1番下が下意識です。それに対応して脳も3段階に分かれています。
ここで本能のランクを探ってみます。
目が吊り上るといっても、非行が全員吊り上るわけではない。吊り上る子と吊り上らない子がいる。我々はそれを何百人も見ているのだから、目の吊り上った子を全部集めてみてデータを集めればよい。
ここでまず子供の中に原因を探ります。すると全然見つからない。
今度は環境の中に探します。すると共通項が浮かび上がってきた。1つは父親が弱いこと。もう1つは学校の先生が弱いこと。
この2つが重なった時に非常によく目が吊り上る。父親だけが弱い時も目が吊り上るけれども、両方が加わった時ほどではない。先生だけが弱い時は意外と目は吊り上りません。だから1番目が吊り上るのは、父親と先生の両方が弱い時。その次が父親が弱い時。次が先生が弱い時。
そこで、もう1度本能の中でその理由を探ってみる。すると、「男が弱い」ということに行き当たります。特に、彼あるいは彼女が所属する群れ、つまり家族と社会の長です。社会の長は学校の先生、家族の長は父親です。
男の最も基本的な本能を考え直してみましょう。1つは「群れを守ること」で、家族あるいは社会を守るという本能があります。もう1つは「餌を採ってくること」、エネルギーの確保です。もう1つは「子供を産ませること」。
この中の群れを守る能力、弱い父親にはこれがないわけです。弱い先生にもありません。
そうすると、女・子供、つまり弱い立場の者としては、いざという時に自分を守ってくれる者がいないということになります。これは理性にとっては何でもありません。警察もあるし、法治国家だから自分を殺しにくる人間なんかいるはずがないということは十分に分かっています。
しかし本能はそんなことに満足しません。現実に自分が強い男に守られてなければいけない。それなのに自分の群れの中には全然強い男がいない。だから本能的に生命の危機感を覚えます。その不安が目を吊り上がらせるんです。
[男が強いと安心する]
彼女が新たに所属したヨットスクールという群れ、ここはオスがやたらに強い。
今まで彼女は非行の女王様をやっていて、皆を下に従えていました。自分の言うことは何でも通ったんです。ところがヨットスクールに来た途端に全く通らなくなった。
しかも、本人にとって非常にまずいことには、自分自身が反抗できないということ。身動きもできません、我々の所に来ると。にらまれたらそれだけですくみ上がってしまう。
大変嫌なところだけれども、強い、ということですね。その強さを身をもって感じる。痛さで分かる。
女・子供というのは、本能的に自分が弱いということを知っています。しかし、自分の周りの男がそれよりも弱い。弱い人間よりも弱いんだから、いざという時には絶対守ってくれないということですね。
だけれども、嫌な男、強い男というのはいざというときには守ってくれる。だから嫌でもそこに所属していれば安心。こういうふうになるんです。
ヨットスクールにいる限りは彼女達の目は下がっています。ところが1週間もたって、嫌になって逃げ出したりするととたんに吊り上っちゃうんです。これは、ヨットスクール以外の群れは本当に強いかどうかよく分からないからです。しかし、1カ月もうちにいるともう吊り上らなくなります。
こういうたくさんの事実があるんです。だから我々は本能を重要視するわけです。こういった視点で非行を考えてみます。
[非行の特徴]
非行というのはどうしても理性的な行為とは思えません。
しかし、世間は色んなことを言います、「あれは単なる遊びだ」とか「成長の1段階だ」とか、勝手な事を。そういう時に、「非行」と「不良」はどこが違うんですかと聞いてやる。これが区別できる人がいないんですね。どうして昔は「不良」と言ったのに今は「非行」と言うのか。同じことを言っているのか違うことを言っているのか。
これは明らかに違います。不良というのは1人でもやる。ところが非行は絶対に1人ではやりません、大勢でやります。
昔は不良になる子供というのは強かった。皆の憧れの的になるくらい強かったんです。子分を作ってその上に君臨するといった感じの強さがありました。
しかし、今の非行の子というのは実に弱い。これらは一体どう違うのか。
非行を定義づけようと思ったら、その共通項を探していけばいいです。
非行には明らかに共通項があります。集団万引とか、暴走族とか、名古屋でアベック殺しをやった噴水族、これは名古屋の1番真ん中の、1番にぎやかな公園の、1番目立つ噴水の周りに集まってシンナーを吸う奴らのことです。
彼らのやることを見ていると、1つは「必ず群れをなしている」という特徴があります。1人ではない。もう1つは、「反社会的行為をする」。もう1つは、それを「分かるようにする」。
シンナーを吸うのが目的なんだったらうちでこっそり吸えばいいのに、どうして皆に目立つ所で、しかも集団でやるのか。これは理性がやらせているとは考えにくいです。
あるいは暴走族。嫌われることが分かっているのに、わざわざ嫌われに行く。本当に走ることが目的だったら、1人でやればいいんです。それがどうして群れをなすのか。
あるいは集団万引。鉛筆1本盗んだり、ボールペン1本盗んだりするぐらいだったら、1人でこっそりやればいい。銀行強盗じゃないんだから、集団を組む必要は毛頭ない。なのにどうして集団を組むのか。集団だと1人見つかったら皆つかまってしまう。非常に見つかりやすくなります。
さらに、小さなボールペン1本盗んで、あるいはノート1冊盗んで、見つかった時にはとんでもない制裁を受ける。「悪いやつだ」とレッテルを貼られるんですから。これでは費用対効果が合わない。
では彼らはいったい何を目的として、そういう反社会的行為をするのか。この目的が分かれば、それを別の方法でやらせてやればいい。まっとうな方法でやらせればいいわけです。
[群れを作る本能]
急に結論になりますが、目的は「群れを作る」ということではないかと思います。この群れというのは社会的な群れです。
子供にとって必要な群れは2つです。1つは家庭。これは一応満足されているわけです。もう1つは社会的な群れ。さっき学校と言いましたけれども、親友がそうです。ただの友達ではダメ。がっちりと結束して、社会に抵抗できるだけのものを作る、それが親友です。一人ひとりの力は弱いですから。
今の子供達は友達がどんなにたくさんいても親友はいないんです。本当の友達はいない。
今から10年も前の朝日新聞のアンケートで、「今1番重要なものは?」という問いに「友達です」という答えが返ってきていました。これは友達がいないからこそそういう答えが返ってくるんですね。しかも同じアンケートの中に「友達は信用できない」という答えも出てくるんです。ということは親友はいないということです。
親友がいないと不安になります。まだ力の弱い子供は、親友を作り結束して社会に立ち向かっていくものなのに、それが立ち向かえないということになりますから。その不安を何とか解消するために親友を作ろうとします。
ところが、どうも精神が低下しているもので、精神が低下すると本能、つまり下意識も低下しますから、本能的にできるはずの親友ができない。親友ができないからまた不安。この繰り返しになってしまうんです。
非行は親友を作るための、まっとうではないけれども1つの逃げの手段です。楽に親友を作る方法を考え出したんです。これは“逃げ”ということと、人間の頭がいいということの両方が絡んでいます。
親友をつくる目的というのは社会に対抗するためです。ところがそれがなかなかできないから、先に「社会がはむかってくる」という状況をつくってしまうんです。「社会がみんな敵、だから親友を作らざるを得ない」という必然性を作ってしまうんです。
世の中全体に対して、「自分たち数人あるいは数十人の群れは非常に反社会的な群れですよ」ということを宣伝して歩く。するとみんなから白い目で見られる。白い目で見られるから世の中が自分達にはむかっているとみなす。だから自分達がまとまらざるを得ない。こうして初めて親友ができるんです。
非行というのもちゃんとした目的を持っているんです、人間の行動はすべて目的があるんだから。
非行の目的は親友を作ること。だから非行を解決しようと思ったら、その目的をまっとうに達成させてやればいいわけです。
本来、親友というものは本能的にできるものなんだから、彼らが親友を作れないのは本能が弱いから。それなら本能を強くしてやればいい、ということになります。
本能を強くするためには、本能は脳から出るんだから、脳を強くすればよい。だから脳のトレーニングをする。こういう順番になっています。
人間の脳は3重構造になっています。1番原始的な脳が「脳幹」、その上に進化した脳が「辺縁系」、その上が「新皮質」。通常はその新皮質のことを大脳と呼んでいます。
脳幹からは下意識が出てくる、辺縁系からは本能が出てくる、新皮質からは理性が出てくる。ただしみんなつながってます。下意識をさらに細かくしたものが本能、本能をさらに細かくしたものが理性です。
[下意識とは何か]
1番根本的な原因を解決しないと、決して本質は解決しません。これが戦略です。
昔の子供は、あるメカニズムによって脳が正常でした。ハードウエアが正常だったんです。だから「言えば分かった」し、教育もできました。
教育をされよう、教育を受けようとするのも本能です。人間は、なぜだか分からないが向上したい、教育を受けたい、これは本能です。ところが、本能が弱くなるということは、教育を受けようとする本能が低下することです。そういう子供たちに無理矢理に教育を受けさせもうまくいかないでしょう。
「下意識」というものをもう1度考えてみたいと思います。
下意識がおかしいのではないかということは、我々は下意識を実感できないだけに、大変難しい範疇になります。
例えば、体温が36度5分で一定しているのはどこが調節しているのか。これは下意識が調節しています。つまり脳幹が調節しているんです。脳幹の中の視床下部というところがすべての調節をしている。
この調整が今の子供は狂っています。低体温の子供がいるし、あるいは学校へ行くのが嫌だとたちまち39度になってしまう子供がいる。調整が簡単に崩れるんです。
我々は、試験だとか裁判だとかいう嫌なことの前に、「熱が出ると休めるなぁ」と思ったって熱は上がらないですね。調節がしっかりしているから、上げようがないんです。ところが今の子供は調節が弱い。脳幹が弱いから調節能力が弱い。すると調節する部分が狂ってくる。これが低体温につながり、登校拒否の子が学校に行くのが嫌だと熱を出す、ということにつながります。
[脳幹が弱るとこんなことが起こる]
あるいは「反射」、これも脳幹の仕事です。膝蓋腱反射(シツガイケンハンシャ)、かっけの検査ですが、これがやっぱりおかしい子供がいる。うちに来る子供の中ではかなりのパーセンテージで出てきます。
どう見たってかっけではない、医者に調べてもらってもかっけではない。だから「反射が弱っている」というふうに考えてやったらいいんです。そして反射をつかさどっているのは脳幹、だから脳幹が弱っている、ということになります。
あるいは、普通光を見ると瞳孔はきゅっと縮まる、確か対抗反射と言いましたか、その能力が弱っている。
うちに来た子供達を片っ端から検査してみます。懐中電灯をパッとあてるんです。すると瞳孔が縮まらない奴が出てきます。縮まり方の非常に遅いのもいるし、右と左が違う子もいます。
街を歩いていても時々見かけるんですが、ものすごくまぶしそうな顔をしている子がいませんか、まぶたを細めて。あれが瞳孔の縮まらない子供ですよ。瞳孔が縮まらないからまぶたで調整しているんです。
こういう子供達をちゃんとトレーニングしてやらなければいけない、反射能力が弱っているんですから。
次に「免疫」。免疫をつかさどっているのも脳幹です。脳幹が弱ければ免疫が低下する。免疫が低下すると、例えば外から何かのウイルスが入ってきた時に、それをやっつけることができないんです、軍隊が弱っているから。
すると風邪をひきやすくなる。しかも1度ひくと、ウイルスをやっつけることがいつまでたってもできないから、1年中ひいている。
そして「ぜんそく」、これも免疫の低下でしょうね。
あるいは免疫の狂いによる「アトピー性皮膚炎」。
それから「自己免疫」になってしまう子供がいます。自分に対する免疫。
免疫というのは軍隊です。だから敵をやっつけるようにできているのに、自分に向かって反乱を起こすんです。
例えば「糖尿病」。これはすい臓に対する自己免疫。
あるいは「重症筋無力症」。これはものすごく多い。難病で数が少ないと思ったらとんでもない間違いです。
これらに対して、今までのアレルギー理論はあてはまりませんから、どんな薬をやってもダメです。弱っているものを薬で強くすることはできませんよ、助けてやることはできるけれども。
[今の子供はがん細胞と同じ]
今は、昔とは違う意味のアレルギーがたくさん出ている。免疫が弱いから起こるアレルギーです。この場合は、免疫を強くしてやればいい。免疫は脳につかさどられているから脳を強くすればいい。
もう一つ、「がん」があります。がん細胞と今の問題児はそっくりです。協調性がない、ルールにあてはまらない。
がんはまず腫瘍ができる、その腫瘍が悪性か良性かということですね。その時に、がん細胞というものの1番大きな特徴として、悪性の腫瘍はどんどんどんどん周りに関係なく分裂していきます。
この細胞はもともと自分からできたものです。自分からできたんだったら普通は調和をとるはずですよね。
胃は胃、腸は腸、肺は肺、筋肉は筋肉、血管は血管、それぞれ所定の大きさじゃないといけない。所定の能力だけを持っていないといけない。だから遺伝子の中に調和をとるような遺伝子があるわけです。必要以上にはできないようになっている。
それなのに、その調和を無視してどんどん分裂していってしまう奴がある。これががん細胞です。
しかも、がん細胞はそれを持っている本人から栄養を吸収します。栄養を採り、酸素を採り、水を採り、老廃物をとってもらう。そして最終的には殺してしまう。その時にがんも死んでしまうわけです。
今の子供がそっくりでしょう。調和を全然考えない、自分のことばっかり。それがどんどんどんどん増えてくれば、もう日本は滅びるしかありません。
さらに、その子供達を我々が養っているんです。親が必死になって家庭内暴力を起こす奴を養っている。最終的には親を殺そうとしているのに。
こんなものが本能にあるわけがない、親が死んだら自分も死ぬんだから、親を攻撃するという本能はない。だから家庭内暴力は本能に反しているんです。ならば本能を強くしてやれば家庭内暴力はやむわけです。非常に簡単なことです。
このような下意識の問題、がん、エイズ・・・。エイズのウイルスなんていうのは極めて弱いものです。風邪のウイルスに比べたら問題にならないくらい弱い。その弱いウイルスがはびこるというのは、こっちの免疫が弱くなっているからです。だったらこちらの免疫を強くすれば、エイズのウイルスなんてたちまちやっつけてしまうでしょう。
「エイズ」はまだ扱っていませんが、是非1度やってみたいと思っています。
[我々だってがん細胞は持っている]
これらの問題に、最初に言った“逃げ”という要素が必ず入ってきます。
我々のところでがんを扱いました。びっくりするのは、うちのトレーニングをしているとがんがだんだん消滅していくわけですが、その消滅の仕方というのが非常に早いんです。たちまちなくなっていきます。
「肝臓がん」の人をやりました。肝臓に4個のがんができている。
うちのトレーニングは1週間に1度です。それも5分ずつ3回で合計15分。それで6週目にがんが1個消えて、10周目に全部消えました。つまり、トレーニングは10回しかやっていないということですね。わずか10回で今まであったがんが全部消える。中にまだ残っているかもしれませんが、少なくとも見えなくなりました。
どうしてそういうことが起こるかというと、我々の免疫ががんより強いからです。
調和をつかさどる部分が遺伝子のDNAの中には入っています。その部分がプリントミスするとがん細胞になるわけです。
がん細胞というのは我々でもしょっちゅうできています、プリントミスはしょっちゅうあるんだから。ところがそんなものができたら、我々の免疫はたちまちそれをやってつけてしまいます。だから我々はがんにならない。できては消え、できては消えしているわけです。
ところが、その免疫が働かなくなったらがん細胞がどんどん増えてくるんです。
我々が見ていると、どうも免疫そのものが弱くなっているとは思えないわけです。あんなものは弱くならないと思う、どんどん新しいのができているんですから。そうではなく、それに対して命令を出す司令部が弱っているんじゃないかと思うんです。
これが弱くなるとどうなるか。
誰かと喧嘩をする、喧嘩をしても弱い奴はすぐに逃げる。肉体的に弱い奴も逃げれば、精神的に弱い奴も逃げる。弱い奴というは、戦うべき時にすぐに逃げるという特徴があります。
脳、特に脳幹部が弱いと、がんができたときに「戦え」という命令がいかないんじゃないかと考えるんです。逆に「逃げろ」という命令が出るんじゃないか。
ここで、脳幹部分の指令の出方というものをもう1度考えてみます。
[攻撃すべき時に攻撃させる]
人間の行動はたった2つしかありません。「攻撃」と「逃避」です。立ち向かうか逃げるか。この2つのバランスですべての人間の行動ができています。
攻撃を指令するのがノルアドレナリンというホルモンで、これは脳幹から出てきます。逃避を指令するのがアドレナリン、これも脳幹から出ています。逃げるべき時はアドレナリンが出て、攻撃すべき時はノルアドレナリンが出るようになっているんです。
ところが弱い人間と、もう1つ、くたびれた時には戦うとヤバイから「逃げろ」という指令が出ます。必ずそういう指令が出るようになっています。そうすると、ノルアドレナリンが出るべき時にアドレナリンが出る。だから逃げる。
もし、弱い人、あるいはくたびれた時にもノルアドレナリンを出させれば、攻撃の指令を出させればどうなるのか。それを、我々はプールを使って、海を使って出させているわけです。すると見事にがんは小さくなっていった。
あれはどう考えても、攻撃すべき時に「逃げろ」という命令が出ているとしか思えない。その理由は脳が弱かったから、あるいは、脳が弱いからくたびれていたから。そのどちらかでしょうね。
例え脳が強い人でもくたびれるとがんができます。ところがそういうタイプの人は、休ませてやると自分でがんを直してしまいます。医者が治したと言っているのは、本人が直したということですよ。
始めから強い人というのは簡単に自分でがんを直します、休むだけで。ストレスをなくせばいい、あるいは悩みを解決すればいいんです。
我々はそれを、簡単にしてやろう、誰にでもできるようににしてやろうと思っています。そのためには攻撃の指令を出させればよい。
攻撃の指令は、ノルアドレナリンというホルモンが脳幹から出たことによって起こります。それが、辺縁系までくると「怒り」になります。この「怒り」が新皮質までくると色んな「怒り」に変わります、嫉妬とか・・・。新皮質というのはさらに細かくなるだけで、根本的には同じ「怒り」です。
「怒り」というのは非常に重要な感情なんです。それなのに、世の風潮として「怒るといけない」と言うでしょう。こんな「キレイごと」でやっているからおかしなことになるんです。
誰だって怒る。自分も怒るくせに「怒ってはいけない」と言う人がいる。自分も人種差別するくせに「人種差別をしてはいけない」と言う人がいる。こういう「キレイごと」は我慢なりません。しかも男がそれを言う。
女が言うのはいいんです。女は自分をきれいに見せたいという本能があるから、そういう「キレイごと」を言うんですが、それは一向に構いません。しかし男がそれを真に受けるという、とんでもない風潮がある。
男は本心を言わないで堂々と、「嫌ならやめとけ、それがどうした」と開き直れないとダメですよ。今はみんな開き直れないでしょう。だから開き直る人が受ける、竹村健一とかビートたけしとか。その中にヨットスクールも入ります。
こんなふうに考えてみたらどうでしょう。
[心身症・問題行動・神経症、根っこは同じ]
「脳が虚弱化している」という1つの仮説でもって、今の社会が全部説明できます。
「教育荒廃」と言われている、我々もそれから入ったんですが、「教育荒廃」という言葉には重要な矛盾が含まれているんです。それは、教育荒廃の起こる国が先進国ばかりであるという矛盾です。日本・アメリカ・ヨーロッパ・・・。
先進国というのは教育のいい国です。教育のいい国で教育荒廃が起こるというのは矛盾です。ほとんど教育のない国に起こらないといけないはずです。ですからあれは「教育荒廃」ではない。
もう1つは、非行や登校拒否というのがいきなりそうなるんではなく、まず心身症が起きます、何らかの格好で。その後ああいう行動異常が起きてきて、最後に神経症になるんです。これが順番です。
ですから心身症と、問題行動と、神経症は、原因が全く一緒ということ。ランクが違うだけなんです。
すると医学の問題になってしまう。教育だけでは説明できません。それをどうするか。
今、うちのヨットスクールでは色々な実験をやっていますが、「アトピー性皮膚炎」なんかは簡単に直ります。全然問題ではありません。たまにしぶといのもいますけどね。
それから「ぜんそく」、ぜんそくの方がアトピー性皮膚炎より簡単ですよ。「若年糖尿」も直る。「がん」もやっている。「重症筋無力症」はやりたいんだけどなかなかやらせてくれません、反対があるから。
今、難病というのは32もあります。それをずっと見ていくと、そのうちの18は直ると思う。後の14はうちの手に負えない、これは遺伝病で、遺伝子に問題があるから。
我々のやり方はトレーニングですから、能力を高めます。すると、悪い能力を持っているとそれも高まります。
昨今の調べ方では、神経症と分裂症の区別がつかなくなっています、同じに見えますから。その時に、ちょっとやってみたらいいんです、うちで1週間ほど。
分裂症だとを症状がひどくなっていくから分かります。神経症だと症状が直ってくるから分かる。症状が直ってきたら、そのまま続ければ完全に直ってしまう。悪くなってきたら、そこでやめれば元に戻ります。トレーニングですから。
今やっている子供で困ったのは、0歳児の時の神経症というのがあるんです。0歳児の時に母親がいじめてしまったんですね。
ですから、子供としてはもうこれ以上大きくなりたくない、胎児に戻りたいわけです。胎児の時は安全だったから、守ってくれたから。下意識が胎児に戻ろうとしています。
まず、言葉をしゃべらない。この頃、もう1年以上やっているんですが、時々しゃべるようになりました。しゃべると「しまった」というような顔をするんです。成長しないといけなくなるから。
もう1つ、「時間」の概念がありません。「時の流れ」がないんです。時の流れがなければ、未来がありません。未来がないと、目的がないんですよね。
進歩しようとするには目的がないといけません。だから進歩させるために、その目的を作ってやらないといけない。だけど目的をつくるためには、未来を作ってやらなければいけない。未来を作るためには、時間を作ってやらないといけない。
時間は脳幹で刻んでいますから、脳幹のトレーニングをすると「時の流れ」ができてきます。時の流れができれば未来ができます。未来ができれば目的ができます。だから努力をする。この順番です。
子供に「努力をしない!」と言って怒ったってダメですよ。努力する能力、目的、この2つがないと。そういうところから順番に解明していかなければ、解決はつかないと思っています。
何よりも、病気という問題がある。反社会的行為という問題がある。しかも、ちょっと我々では考えにくい反社会的行為がある。これらをすべてうまく説明してやらなければ、説明できる理論でなければ、解決はできないと思います。
我々が保釈になってからもう何年も経ちまして、それまでずっとやってきたことが多少とも、花が開くとまではいきませんが、根が張ってきたような気がします。今年は少し規模を拡大しようかなと思っているところです。