証 言 T


 昭和57年、訓練中に亡くなった小川真人君は「弱々しい自分を変えたい」と、その死の8日前に自ら戸塚ヨットスクールの門を叩いた。もちろん、そこでスパルタ教育が行われていることを知った上での入校である。すなわち、小川君は戸塚氏の教育方法に共鳴していたことになる。にも関わらず、その死によってマスコミを始め、教育関係者たちは一斉にその教育に非難の声を投げかけた。
 しかし、その死と訓練の因果関係はともかくとして、その教育方法は間違いであったのだろうか。ここでは、スクール関係者に典型的なスクール生たちの横顔と入校までの経緯、さらには如何に教育されたのかをレポートしてみた。

※本文中、本来『治す』と表記すべき箇所を戸塚氏の「トレーニングにより元の真っ直ぐな状態に戻す」という理念に基づき『直す』と表記しております。


山口孝道コーチの例証

ケースT 無気力

浮浪者も顔負け1年風呂にも入らない無気力青年

 一言では言い尽くせないほどの子供たちを見てきましたが、とりわけ印象的だったのは東京の20歳前後の青年です。ヨットスクールに「何とか引き取って直してもらえないか」との依頼に来たのは、結婚を目前に控えたその青年の姉さんでした。青年の状態を充分に聞いた上で引き取ることとなり早速、同僚コーチと東京の家へと出かけて行ったのです。
 到着してしばらく別室で待たされたのですが、母親たちの説得にも関わらず、自ら我々の前へ出て来ようとはしない様子でした。さすがに家族も強制的に連れて行ってもらうしかないと諦め、その旨を我々に促しました。

 我々が最初にその青年を目にしたのは台所の隅でした。新聞を広げその姿を隠していたのですが、それを取り払って、思わず後退りをするほどの驚きでした。それはもう浮浪者そのものの姿といっていいでしょう。伸ばし放題の髪にはふけや埃、汗などがこびり付いて、何本もの髪が団子のように固まって、ちょっと近づくにも躊躇するほどの身なりでした。もちろん、悪臭も辺り一面、まさに鼻の曲がる思いを余儀なくされました。
 それでも、怯むわけにもいきませんから、強引に動こうとしないその手を取るとどうでしょう。ボロボロとまるで皮膚が剥げてしまったかのような異様な感触で垢が剥げ落ちるではないですか。何ミリもの垢が皮膚を被っているのです。家族の話では1年以上も風呂に入っていないとのことでした。このような無気力症ケースでは往々にして入浴を拒否するものですが、これほどひどいのも珍しいといっていいでしょう。

 巷では、情緒障害児を「可愛い10代の子供」として、その子たちに対するヨットスクールの接し方を批判する向きもありますが、あまり現実を把握していらっしゃらない方々としか言いようがありません。なにしろ、1番その子を愛しているはずの家族が、手の尽くしようをなくしてヨットスクールに依頼して来るのですから、いかに悲惨なものかをご理解していただきたいところです。


トレーニングでみるみる表情が変わる子供たち

 彼の父親は会社経営者で裕福な部類の恵まれた家庭環境と言っていいでしょう。小学生、中学生までは、優秀な子供だったようです。ところが、女の子に振られたことをきっかけに無気力症に陥ってしまったとのことでした。まず、無気力な生活態度を見せるようになり、やがて登校拒否を繰り返し、後は坂を転げ落ちるように悪化していったケースです。
 なるほど、彼の場合、失恋がその引き金になりましたが、それはあくまでもきっかけに過ぎません。家族の話を総合するとそもそもの原因は別のところにあることがはっきりと見受けられました。まずは彼が家族の中で置かれた立場にあります。「男一人の長男」というところから、期待も高かったでしょうし、かなり甘やかされて育てられた節があります。事実、我々が引き取りに行ったときも、依頼者の姉が積極的なのに対し、父親は消極的なリアクションしか見せませんでした。もちろん、それまで溺愛してきた息子と離れ離れになるのですから寂しかったに違いありません。しかし、後々もこの父親が彼の更正の障害となったのです。

 ヨットスクール入校直後は予想通り、スクールのカリキュラムはこなせません。何年も家の中でゴロゴロと過ごしてきたのですから、体力的にやれるわけもありません。もちろん、「何々をしろ」と命令しても、声が届いていないのかと声を出した本人が疑ってしまうほどの反応でした。
 いずれにしても、まずは体を動かすクセをつけさせなければなりません。コーチ陣も大変な努力を強いられるわけです。しかし、徐々に体が動くようになってくると表情に変化の兆しが表れました。初め、焦点の定まらない虚ろな目をしていたのが、目に輝きというか力強さが出てきたのです。これは情緒障害児の典型的なパターンで、入校時、目の吊り上がった子や無表情だった子が訓練をこなすことでその表情が柔和になってくるのです。とりわけ、その青年は、入校時の健康診断にあたった医者を「僅か1か月でこんなにも変わるものか」と驚かすほどでした。まさしく、別人といっていいほどの変わり様でした。ところが、表情は良くなったもののまだ完全に直っていない時期に姉の結婚式ということで一時帰宅することとなったのです。それが間違いでした。父親は表面上の変わり様に喜び、甘やかしも手伝って「もう、充分良くなったのですから、しごきのあるようなところには帰しません」と言い始め、2人で何処かに雲隠れしてしまったのです。

 もちろん、まだ完治していない旨を伝えたのですが、聞く耳を持ちません。可愛くてしょうがない子供と一緒にいたい一心での行動だったのでしょう。戸塚校長がかねてから嘆く「遠い将来の大きな快感よりも、目の前の小さな快感」を求めてしまったのです。要の姉が嫁いでしまったことも手伝って、父親の過大な愛情の注ぎぷりは歯止めを失い、むしろ拍車がかかり、せっかく直りかかったわが子をだめにしてしまったのです。言うなれば、このケースでは本人の責任というより、親の責任が重大でしょう。もちろん、ヨットスクールに来る子供たちには多かれ少なかれ、必ず親の責任があると私は思います。


ケースU 非行

包丁を手に暴れだす少年も借りてきた猫にひょう変

 非行のケースはいろいろあり過ぎるぐらいですが、共通しているのは彼らは皆、まず虚勢を張っているということです。
 岐阜県のハイティーンの非行少年の場合は、父親から「とにかく手がつけられない状態だから連れに来てくれ」という連絡があり、その状況からコーチ4、5人連れだって自宅まで赴きました。ところが、自宅でいくら待っても、当事者は帰って来ない。こういったケースはよくあることで、どこかに遊びに行ってしまっていて、帰宅はすっかり陽も昇ってしまってからでした。

 もちろん、我々の存在を認めると、大暴れしはじめました。無気力や登校拒否など、内にこもる子はどちらかというと体力がない子が多くまだいいのですが、非行の場合は身長が180センチ以上もあるような大男が多い上に、体力的にも外での喧嘩などに明け暮れしてたりするものですから、暴れだすとたいへん手こずらせます。彼は隣の家の台所に駆け込んで、包丁を2本取り出してきました。
 それで切りかかってくるので、危険きわまりないといったところでの騒動となったのです。最後には2階の自室に立てこもり、「死んでやる」と叫びだしました。篭城を決めこまれると、こちらは、手も足も出ない。そのうち、部屋から「痛い、痛い」という悲鳴を上げ、ころげ回っている気配がしました。あわてて部屋に入り取り押さえるといった体でした。幸い良く切れそうな出刃包丁ではなくて、サビついた菜切り包丁で切ろうとしたものですから、怪我はごく軽いものでした。

 ところが、それだけ騒いだ子でさえ、車に乗せると急に大人しくなってしまいます。自分の親の前では、騒いだり大げさな言動をするわりに、親がいなくなると借りてきた猫のようになってしまうのです。このパターンはだいたい共通しています。ヨットスクールにきた当初は、いろいろ強がるわけです。どこそこの暴走族のボスだったとか、学校を何校も束ねている総番長だとか、たしかにホントにそういう子供もいましたが、こちらがガツンとやるとシュンとしてしまうのです。


大人たちが毅然としないから非行は助長される

 彼らにしてみれば、我々は、今までの大人とは違うぞ」というのが絶対あると思います。つまり、学校の先生でも、父親でも彼らの格好や体格、言動に圧倒されて何も言わない。どこかで彼らを怖がっているのです。だから、彼らもつけ上がって「大人はこんなものだ」と高をくくってしまうわけです。でも、我々の場合は、決して怯まない。だから彼らにすれば、「今までと勝手が違うぞ」と、まず、びっくりします。それで実際に迫力と勢いで抑えつけられるから、急に大人しくなるしかないのです。自分たちより強い相手には情けないほど彼らは従順な姿勢を示します。つまり、父親や先生がもっと毅然とした態度で臨めば、非行という問題はそれほど悪化しないはずなのです。ところが、それができてないからあれだけエスカレートして周囲の意見に耳を貸さない、迷惑を考えないといったやりたい放題になってしまうのです。

 ただし、非行の子供たちは登校拒否や無表情の子供たちと違って大旨、基本的に順応性に優れているようで、ヨットを覚えるのは早いです。彼の場合もそうでした。ヨットスクールに入った当初は、「俺が1番強いんだ」と虚勢を張っていましたが、コーチ陣の気迫に気後れしてか態度が極端に変わって、どちらかといえばお調子者といった風に従順な青年となりました。

 はっきり申し上げれば、頭のあまり良くない非行少年、または不良に属すると思われる子は、直りづらい一面があります。良くなったと思っても、とどのつまり元に戻ってしまうケースが多いようです。
 それに引き換え、頭のいい非行少年というのは、直ると目覚ましい力を発揮したりします。非行というのは元々、登校拒否の子よりも行動力がある子たちですから、これが正常になると、リーダーシップをとるようになったり、見違えるような立派な青年に生まれ変わったりする確率が高いようです。


甘えが許されないヨットスクールでの生活

全て自分の力だけが頼りの合宿生活

 ヨットスクールは団体生活ですから、生徒同士の競争原理が生活にまで浸透することになります。ここでは常に優先権は、強い者にもたらされます。つまり、食事も洗濯も強い者が、先に、しかも多く食べられますし、先に使い早く済ませることができることになります。大げさにいえば、弱い者は食事にありつけないから生きていけないという社会構造が成り立つわけです。当然、今まではこんなことあり得なかったのです。いくら学校に行かなくても、非行行為ばかりしていても、親はきちんと御飯を用意してくれていたのですから、早い話がなにをやっても食べていけたわけです。
 ところが、ここではそんな甘い了見は通用しません。強い者に優先権があり、ヨットの上手な人間がエライ。この基準にあてはまらない者は、どんなに騒ごうが泣こうが構ってくれる人間はいません。要するに、愛の手を差し伸べる人間が1人もいない、自分の力だけが頼りなのです。

 彼らも入校して、しばらくするとそのことに気づきます。そのとたん、自分なりの方法で食事や洗濯の優先権を得ようと必死になります。頭を使い、気を使い、もちろん、身体を使いながら、食事などにありつく方法を自分なりに作っていくようになるわけです。
 実は、この子供たちはそれまでこういった人間が生きる上で必要な基本的な知恵や努力を家庭ではする必要がなかったといっていいでしょう。もちろん、このことはヨットスクールに来た子供たちだけの話ではありません。今のほとんどの子供たちは、程度の違いはあるにしろ、どれも同じような状態。社会に出て自分で働くようになるまで経験することがまずないというのが一般的。そういった意味でヨットスクールは、社会の中を1人で生きるための箱庭みたいなところがあります。だから、これに耐え抜いた人間は、当然、生命力というか強さが生まれてきます。


体罰を避けたい気持ちが立ち直りにつながる

 ヨットスクールで、トレーニングを怠けている者は我々コーチの体罰を受けることになります。それを避けるためにも一生懸命、トレーニングをやらざるを得ません。よく「体罰はいけない」「ヨットスクールは屈強な男たちが子供たちをいじめている」といって批判する人がいますが、これは的外れもいいところです。

 体罰はいけないと言いますが、体罰は暴力では決してありません。それは、次の行動に移させる、たとえば、ヨットに乗れるだけの体力に必要な筋力トレーニングをさせるための手段なのです。もちろん、口で言っていうことを聞くような子供たちなら、ヨットスクールに来るまでには至りません。聞かなくてどうしようもない異常行動をするようになったから、ここにやって来るんです。そんな子供に理屈が通用するはずがありません。そこで、体罰という手段でトレーニングをするようにしむけるわけです。
 その繰り返しの中で、子供たちは当然体罰を避けたいですから、自らトレーニングしはじめるようになり、それがやがて立ち直りにつながっていくわけです。そうした状況を確実につかんでもいない人が、体罰を行うことの効果を考えないでやみくもに批判する。猛省を促したいところです。

 もう1つ、苦言をを呈したいのが、「屈強な男たち」と我々コーチ陣を新聞などでは紹介していましたが、そんな大男はいませんし、事実、体つきなら非行少年の方がはるかに大きい。これはマスコミが作り上げた我々の虚像というしかないでしょう。仮に、そう見えるのであれば、大きな体をした非行少年たちが、虚勢を張るだけの情けない子供たちということが言えるでしょう。