東秀一コーチの例証

ケースV 登校拒否

成績の優秀な子供ほど登校拒否にかかりやすい

 登校拒否というのは本来は優秀な子ほど陥りやすいという特徴があります。成績が1番にいた子が2番になって悩む。それで、学校にいかなくなるようなケースが非常に多く見受けられます。逆にいうと、成績が30番の子が31番になってもそう悩みはしませんが、成績のいい子ほど、そうしたちょっとしたことでも悩むようになるのでしょう。周囲からすると、それほどのことでもないことと思うのですが、当事者の彼らにとってみれば重大なことになってしまうのです。

 名古屋の北区の中学2年生の男子が、まさにこのケースでした。彼は登校拒否と家庭内暴力を起こして、その父親から頻繁に「とにかく、今すぐ引き取って欲しい」という電話がかかってきました。しかし、当時のヨットスクールは飽和状態でとても引き取れる状態にありませんでした。ところが「しばらく待ってほしい」との返答をしていたにも関わらず、父親は昼夜を問わず、のべつまくなしに電話をかけてくるほどでした。
 登校拒否というのは、ほとんどが昼と夜の生活が逆転します。彼もその例外にもれることなく、夜起きて、親に暴力をふるっていたのです。あまりにもひっきりなしに電話をかけるてくるので、正直言って「こちらの状況、立場を全然考えていない親だな」と苦々しく思ったのですが、相当参っている様子に根負けして、特別の計らいで迎えに行きました。

 この家庭内暴力は、弱い人間に暴力をふるう特徴があって、まず、母親がその対象となります。この子の場合はそれを通り越して父親にも暴力をふるうようになっていました。自分が夜起きたとき、両親は寝てる。「俺が起きているのになんで寝ているんだ」といった言いがかりをつけては暴れだすわけです。要するに夜中に1人で起きているのが寂しいというところからこういった行動に出るのでしょうが、どうひいきめに見ても普通の感覚からいえば完全な甘え以外のなにものでもありません。
 私はその頃コーチになったばかりで、経験が浅かったこともあるのかもしれませんが、入校当初はごく普通の子に見えました。自分で直ろうという意志もあるみたいでした。ただ、暴れだすと自分でも何がなんだかわからなくなると言っていました。


現役で医学部へ進学するほどの立ち直りを見せる子も

 入校後は、1度だけ逃げ出したことはありましたが、かなり頑張ってやっていました。校長の「だいぶ良くなったから親を面会させよう」という提案で、ヨットスクールの近くで両親と一緒に食事をということになったのです。
 ところが、少年の顔を見たとたん、「自分の子供じゃない」と言い始めたのです。私はあっけにとられて、自分の子供を突き放す意味でそう言っているのかと思ったぐらいです。しかし、どうもそうじゃない。本気で疑っているのです。大げさな話ととらえられがちでしょうが、これもまぎれもない事実なのです。そのくらい登校拒否や家庭内暴力をしていた項と、その子の顔つきが変わっていたわけです。

 「お母さん、僕だよ」と言った我が子の声を聞いたところで母親も本当に自分の子供だと納得したようでした。しかも、その子は登校拒否をするようになってからというもの、親にそんな優しい口調で「お母さん」なんて言葉をかけることはなかったはずで、親としても相当うれしかった様子でした。
 その後も、まじめにトレーニングをしてここを卒業したのですが、学校は長期間休んでいたこともあって、成績はかなり下がっていたようです。それでも、懸命にやって1年後には学年でトップの成績になった。元々成績は良い方といえばそれまでですが、登校拒否になる前もそこまでの成績には至っていなかったのが、それ以上の結果を残したんですね。大学も名古屋大学の医学部に現役で入学、登校拒否をしていたのがウソのように立ち直りました。

 登校拒否の場合は何かのきっかけがあってズルズルと学校に行かなくなってしまうわけです。しかし、そういった弱い子供でもここで困難を自分の力で撥ね除ける力さえ養ってあげれば、素晴らしい結果を期待できるようになるのです。彼もまた将来を嘱望される青年となりました。
 ただ、残念なことに彼にはヨットスクールの裁判の時に、証人になってもらえませんでした。もっともかたくなに拒否したのは両親の方で、子供の過去が表沙汰になって明るい前途に傷でもついたらそれこそ大変ということだったのでしょう。本人は「ヨットスクールで直ったのだから協力する」と言ってくれたのですが、両親の子を思う気持ちに押し切られたようです。是非とも自分たちが途方にくれ、ヨットスクールにひっきりなしに電話をかけてきたときのことを思い出していただきたい。
 そもそも、自分のところが良くなったら、邪魔者扱いする。そうした親だからこそ、問題児が育ってしまったといえるのかも知れません。


ヨットスクールでは日常茶飯事の脱走

自分の弱さからの逃亡

 ヨットスクールに入ってよく起こることに脱走があります。トレーニングが苦しくて逃げ出す。登校拒否、非行、家庭内暴力などいろいろな症状の子供たちがいますが、どんなタイプもこの脱走をよく企てました。
 近くの民家に飛び込んで、自分たちがどんなひどい仕打ちをされているかを訴えて同情を引き、そこから家へ連絡する者、ヒッチハイクをして逃げる者など、様々な方法を使って逃げようとしました。
 その結果、脱走してそのまま帰らない者、運良く捕まえてもう1度ヨットスクールでトレーニングする者。脱走後はこの二通りに分かれます。実はこの時期が大きなポイントになるのです。

 苦しいトレーニングをするのですから、当然、逃げ出したくなります。しかも、それまでは学校に行かない、非行グループに入って遊んでばかりといった我がまま放題の、自分勝手な生活をしていたのですから、余計に身に染みるはずです。ある非行少年などは、「こんなところに来るぐらいなら、少年院の方がましだ」と嘆いてましたが、正直な感想がも知れません。
 なるほど、少年院なら、規則があるとはいえ、自分の虚勢が通用してそれなりに威張ることもできるし、彼らの感覚の中には院を出てから箔がつくというのもあるでしょう。しかし、ヨットスクールでは、その虚勢は入校したとたんに、コーチらによってその化けの皮ははがされますし、いくら口では偉そうに言ってもヨットが上手にならないと尊敬もされません。いうなれば、ヨットスクールは今までの自分の無力さを徹底的に思い知らされる場所ですから、当然、嫌なところのはずです。


脱走後の対処が更正への別れ道

 そこで脱走を企てる。逃げた場合、1番困るのはまた元の環境に戻って、せっかく直りかけていた子供たちが、入校する前の状態に戻るということです。脱走すれば、遅かれ、早かれ間違いなく家に帰ります。登校拒否や家庭内暴力の場合は、真っ先に家に帰り、非行の場合は仲間のところを転々としながらも、いずれは自宅に戻ります。それだけ、自宅が居心地のいいところという証明でしょう。
 そこで、親がヨットスクールに送り返してくれれば問題はないのですが、中にはもうヨットスクールに戻らなくてもいいという困った親もいます。あれだけ、我が子に手を焼いて、自分が殺されるか、子供を殺すかという状況に陥った親でさえ、わが子の顔を久しぶりに見ると、厳しいトレーニングを強いられるヨットスクールに戻したくなくなるのでしょう。もちろん、子供たちはヨットスクールから逃げたい一心で親にはどんなにひどい仕打ちをされているかということをオーバーに訴えるわけです。

 たしかに、親心としてわかる気もしますが、一時の感情に流されると、今までやってきたことがすべて無駄になってしまいます。私たちも「子供の将来を考えれば、辛いかも知れないけど今が我慢するときですよ」と説得するのですが、その時点では、すでに子供に甘い親の顔が出て、首を縦に振らないといったケースが多々ありました。保護者がスクールに戻ることに消極的である以上、我々はどうすることもできないので、後ろ髪を引かれながらも引き上げますが、甘い親心で子供の将来をダメにした、このようなケースは今でも悔やまれます。

 逆に脱走した子供たちを途中で捕まえたり、家に帰ってもまた連れ戻してきたりして、再びトレーニングする場合はいい結果が生まれます。たしかに、1度ならず2度脱走するケースもありますが、脱走を失敗することによって、または家に帰っても戻されることにより、子供たちは腹をくくってしまうのです。
 「ここでやるしかない」と観念することで、その時点から大きく変化していった例が数多くあります。つまり、脱走は彼らの最後のあがきであり、これを乗り越えることによって、立ち直る方向に向かうわけです。


ヨットの楽しさ、そして目的を見出すことができれば間違いなし

 ヨットスクールには、全国から問題児がやってきました。ある非行の子供は、春日井市の中学の総番長をやっていまして、学校に行くと教室に入らずに校長室で遊んで、昼食には寿司屋から出前をとる、学校の廊下をバイクで走るなど無茶苦茶をしていました。いわば、もうやりたい放題の生活をしていたわけです。
 格好は髪を赤く染めて剃り込みを入れている。そんな子供でも、ここに来れば、コーチにガツンとやられる初日で大人しくなります。私は体もそんなに大きい方ではありませんから、どうして虚勢を張っているだけの子供たちを、学校の先生や他の大人たちは怖がっているのか不思議な思いです。

 さらに、特徴的なのが登校拒否の子供たちの多くに、いわゆる肥満児が多いということです。夜と昼の生活が逆転して、ほとんど家からも出ない状態ですから、どんどん太ってしまうんでしょう。115キロとか118キロといったように100キロを超えている子供たちが何人もいました。
 また、女子の場合には、目が吊り上がってしまっている子が目立ちました。多分、不安の表れたと思いますが、一様にそんな目をしているのです。もっとも、それもヨットスクールで何か月かのトレーニングを積むことによって、自然に直ってきます。

 とにもかくにも、このヨットスクールには、一般の人が考える、まだ幼さの残るいたいけない10代の子供というのはいません。悪く言えば、まともじゃない。行き着くところまで行ってしまった子供たちがここに来るわけです。もちろん、言って聞かせて、「ハイ、そうですか」という素直な子供たちではありません。そこで、体罰を加えてトレーニングさせることになります。
 しかし、もっとも効果が上がるのは、本当にヨット、あるいはウィンドサーフィンが楽しくなることです。ヨットの操縦は早い子で2、3週間あればできるようになり、普通の子でも1か月あれば操れるようになります。しかも、ヨットの場合はレースができますから、これでお互いに競う。1番を勝ちとることは、誰にでもうれしいことです。そうした経験の中で勝つことのうれしさを知り、今度はこういったところをこう工夫しようといった努力や向上心が生まれ、さらに頑張るようになっていくわけです。つまり、どんな困難の中にあっても楽しさを知れば、子供たちはどんどん立ち直ってきます。
 ウィンドサーフィンはかなり上達しないとレースはできませんが、個人的に楽しめる要素がありますので、この場合もスポーツそのものの魅力を知ることが重要なポイントとなります。

 つまり、いくら理屈でいってもダメです。ヨットやウィンドサーフィンを楽しむことを知れば立ち直るのは早いですから、以前はコーチと生徒がお互いに競い合ってレースを頻繁にやったりもしました。自ら進んでヨットを楽しむようになれば、心配ないのです。この時の生徒は完全に立ち直った状態です。
 言い換えれば、自発的に何かを楽しむことができないから、いろいろな症状が表れるわけで、ヨットやウィンドサーフィンは、その楽しさを知るいい体験にもなります。そして、その楽しさを感じた子供たちは、もう問題行動を起こすこともなく、見事に生まれ変わります。つまり、ヨットやウィンドサーフィンは、トレーニングの手段でありながら、喜びを得る道具でもあるのです。