
戸塚 宏の"にんげん"教育学 G
『知仁勇の三者は天下の達徳なり』
「空(くう)の定義は何ですか」お坊さんと話をする際、私はまずこう質問します。失礼ながら、彼の話が聞くに値するかどうかをテストするのです。「空」を説くのが仏教ですから、最も重要な「空」がわからなければ、仏教全体がわかっているとは思えません。
「仁」とは何か
同様に、儒教なら「仁の定義」がキーポイントになります。時々、儒教をやっている方に「仁とは何でしょう」と聞くと、『仁は愛なり』と答える人が多いのですが、これでは定義になりません。「大学」に『仁人(じんじん)能(よ)く人を愛し、能く人を悪(にく)むを為す』とあり、「能く悪む」のも「仁」だし、また、ただの愛ではなく「能く愛す」のが「仁」ということになるからです。
では、『医は仁術』とはどういうことでしょう。医者は「仁」でなければならないということなのか。貧乏人からは金を取らないのが、本当の医者ということなのか。そうではないでしょう。医者の存在理由は、病気を治すことにあります。いくら人がよくても、病気を治せなければ医者失格です。病気のことを『心身不仁』ともいいます。病気が『心身不仁』なら、「心身仁」は健康ということです。つまり『医は仁術』とは、「医者の仕事は患者を仁にすることである」という意味ではないでしょうか。
『己(おのれ)を成すは仁なり』(中庸)はどう解釈したらいいのでしょう。『身を修むるは道をもってし、道を修むるは仁をもってす』と、関係があるのでしょうか。私は、「身を修め」て後に「仁」になるのだと思っていましたが、これらの言葉を読むと、「仁で身を修めろ」と読めます。順序が逆なのです。
「仁」によく似ていると思うのは、「静」です。「小学」にも載っている諸葛武候の「寧静(ねいせい)」には、『静以って身を修め』『寧静に非ざれば以って遠きを致(いた)むることなし』『学は須(すべか)らく静なるべし』『静に非ざれば以って学を成すこと為し』とあります。また、「静」に対立する言葉として、「険躁(けんそう)」を使っています。これらから、私には、「静」とは"強く・正しく・安定した"「感情」だと読めます。
精神は肉体を行動させます。これは、他の生物でも同じですが、人間は、精神が精神を行動させます。つまり、精神的行動とは考えることです。「おもんばか慮る」のです。ここが、他の生物とは違います。
最も重要なのは「情」である
「精神は知・情・意の三つからなる」
「快を求め、不快を避ける」が人間の行動原理です。我々は、自分の精神について、もう1度見つめ直してみた方がいいでしょう。「情」とは、精神を働かせるエネルギー。「意」はエネルギーの調節です。そして「知」は、単なる判断にすぎません。「知」によってエネルギーの質を決め、「意」によってエネルギーの量を調節します。我々は、正しく・強く・安定した行動をしなければなりませんが、そのそれぞれに、知・情・意が関わっています。
しかし、主役はあくまで「情」です。エネルギーがなければ何も起こりません。人間の知性ゆえに可能な「慮る」という精神行動でさえも、その主役は「情」なのです。「情」が弱ければ行動も弱くなり、なげやりになるし、ごまかすし、いいかげんになります。怠け者で、大雑把で、乱暴になるのです。
「静」とは、正しく・強く・安定した感情のことではないでしょうか。
「静」…服従しないものを鎮圧、鎮撫する意(字統)
「静」とは、落ち着いているがエネルギーの高い状態です。邁進(まいしん)する若者の姿です。
「仁」も同じことだと思われます。瞬時に正しい感情が湧いてくること。しかもそれが、強く・安定している。『能く愛し、能く悪む』です。
『身に忿ち(ふんち)する所あれば、則ちその正を得ず、恐懼(きょうく)する所あれば、則ちその正を得ず』(大学)――怒り狂うのも恐れおののくのも、感情が安定していないから「仁」ではないということ。ついでながら『好楽、憂患』は「知」の間違い、『心焉(ここ)に在らざれば…』は「意」の間違いです。儒教は、精神を「知・情・意」の三つに分けています。(※「ち」は漢字変換できませんでした)
『知仁勇の三者は天下の達徳なり』(中庸)――「勇」は第3回でも述べましたが、「意志」のことです。「知」はすぐにわかります。そうすると、「仁」とは「感情」のことになります。儒教は、「感情こそが最も大事なのだ」といっているのです。
ヨットスクールにやってくる若者の特徴は、この感情が弱いことです。感情の弱い者は行動力がありません。すぐ逃げるし、キレルし、怠け者です。非常にずるく、常に自分を正当化し、弱い。くたびれ屋で、文句ばかりいい、何でも人のせいにします。他人のことを考えることなどできません。まさに今の若者の代表です。
「大学」の2番目のフレーズに『止するを知りて…能く得』とあります。これも、この面から考えてみたらどうでしょう。仏教の『五蘊(ごうん)』や『十二因縁』に相当する、重要なことが解説してあるのです。