情緒障害児問題に寄せて(二)


「脳幹機能の低下」


横田 建文


 二、情緒障害の本質


(1)情緒障害児の身体症状


 ここまで長々と情緒障害の実態を紹介してきたのは、この問題の深刻さと根の深さを実感として理解してもらいたかったからである。

 以下では、情緒障害の本質を明らかにし、原因の分析を行うが、その前に情緒障害児達に見られる「体の異変」について触れておきたい。
情緒障害児は、「人相が悪い」「姿勢が悪い」「顔色が悪い」といった外観上の特徴に加え、ぜんそく、潰瘍、皮膚炎、など様々な身体症状を持つ場合が非常に多い。そして、身体・生理機能のあり方に着目することはこの問題を解くにあたって重要な鍵となるのである。

 武蔵野赤十字病院「心の相談室」長の斎藤慶子氏は、習癖異常児(精神身体症状=心身症、身体の一部をもてあそぷくせ、ヒステリー反応、を持つ情緒障害児)の身体症状について次のように述べている。


 ――あたかも身体の一部に器質的病変がおこっているようにみえる症状のなかにも、じつは精神活動の未成熟が主な要因となって形成される一群の障害がある。近年、目立って発生率が増加しているといわれるこれらの症状におよそどのようなものが含まれているか、ざっと紹介しておこう。


一、精神身体症状

(a) 中枢神経系/頭痛、けいれん性疾患など
(b) 内分泌系/月経障害、バセドウ病、想像妊娠など
(c) 心臓血管系/心悸亢進、発作性頻脈、高血圧症、偏頭痛、めまい、起立性調節失調、乗物酔い、失神発作など
(d) 血液・リンパ系/血沈増進、白血球増多症、リンパ球増多症など
(e) 呼吸器系/気管支喘息、しやっくり、咳嗽癖、息止め発作、アレルギー性鼻炎など
(f) 消化系/食欲不振、腹痛、臍疝痛、胃炎、潰瘍性腸炎、幽門けいれん、便秘、遺糞、下痢、自家中毒、嘔吐など
(g) 泌尿器/頻尿、おもらし、夜尿、尿閉など
(h) 皮膚系/神経性皮膚炎、アトピー性皮膚炎、痛痒症、多汗症、じん麻診、血管神経性浮腫、円形脱毛症など
(i) 筋肉・骨格系/心因性関節リウマチ、筋痛、チック、震顫(ふるえ)、歩行困難など
(j) 感覚器系/耳鳴、メニエル症候群、眼精疲労など
(k) その他/吃音、構音障害、不眠、夜驚、夢中排回など



二、身体の一部をもてあそぶ癖

指しゃぶり、爪かみ、律動運動、性器いじりなど


三、ヒステリー反応

憤怒けいれん、瘤療、拒食、運動麻痒など


 以上、比較的よく出会う症状を列挙したが、これらの大部分は器質的疾患としてもおこり得るものであり、たとえ心因性であったとしてもどこまでがヒステリー性反応であり、どこからが精神身体症状と呼ぶべきかについて明確な判別がしにくい現実がある。

 実に多くの、というよりあまりにも多くの症状が列挙されていることに驚かざるを得ない。しかも、どの症状も現代医学が苦手とするタイプの病気ばかりである点に注目されたい。
情緒障害児ではこのほかに、肥満、心肥大、肝機能障害、不整脈、といったおよそ文明病と呼ばれる病理の全てが認められる現実がある。むしろ、文明病が極端な形で増幅されて子供のうえに現われたものが情緒障害なのだというべきであるように思えてくる。
――肉体と精神の耐性が弱化し、病気がちで弱い心を持つ、これが情緒障害児の一般的な像である。



(2)心理学的原因論批判


 なぜこのような子供が増えているのであろうか。

 情緒障害児の生育史と家庭環境を調べてみると、明白な共通点があることが多くの専門家によって指摘されている。表一は「情緒障害児の教育」(前出)から引用したものであるが、この表から
一、母親による過保護
二、強い父親像の不在

の二つをはっきりと読みとることができよう。
家庭環境については、経済的に恵まれたインテリ層が多く、大都市周辺の新興住宅街での発生率が高い。
大学教授、医師、作家、会社役員、など社会的には成功した部類の家庭で、母親に溺愛されて、自信のなさそうな父親の後姿を見て育った子供に情緒障害が多いのである。
祖母を殺して自殺した英文学者の息子や、両親を金属バットで殴り殺した青年のケースは行きつく所まで行った例であるが、全体からみれば氷山の一角に過ぎない。

*

 情緒障害の原因についてはこれまで専ら、心理学的説明がなされてきた。それらは全て先に示した身体症状を無視したものであり、耐性の欠如という本質を説明し得ない点でも承服しがたいものであるが、現在でも理論における主流派となっているのは事実である。
以下、「情緒障害児の教育」(前出)から登校拒否に対する代表的な原因論を紹介するが、家庭内暴力や自閉的行動についても似たり寄ったりの見解が提出されてきている。

 〔分離不安説〕

 母親が様々な理由で子供を過保護に育てると、子供は際限のない依存―要求関係を母親との間に発展させ、それが母親に敵意と抑圧、感情の爆発と罪悪感を生み、さらに子供への過許容的態度(甘やかし)を生むという悪循環になって行く。
このような母子関係の中で子供の不安を一層増大せしめるような病気や転校、教師の叱責や友人関係の悪化、兄弟の誕生などを契機として登校拒否に陥る。


 〔自己像拡大説〕

 自分の能力について非現実的に誇張、拡大された自己像を持ち、そのような自己像を守るために自己を脅かす場面から逃げる。
内的には自己の頼りなさを逆に利用し、非現実的な自己像を保持し、強める場所を選ぶ。
学業成就への強い要求を持つが、同時に成し遂げられないことへの恐れと非現実的で拡大した野心を持つ一方で、自我を脅かすような出来事、例えば転校、病後の復学、学校での屈辱釣な出来事、などが登校拒否に結びつく。


 〔抑うつ説〕

 S.Agras(1959)によると、子供の発症の前後にかなりの母親にうつ病相が見られ、父親についてもうつ感情を伴った無力感や入院経験が見られた。
また、家族力動に抑うつ構造が見られ、一家を支えて行く力に欠ける父親の代役をつとめる母親に抑うつ状態の発現と子供への固着、その反応としての子供の母親への固着と抑うつ不安が見られるという。
また、両親とも現実の苦しみに回避的で、子供にも学校での辛い経験を乗り越えることを教えず、かえって子供を現実から遠ざけ、保護する傾向が見られる。云々。


 このほかに幼児期における母子分離不安や父親との同一視失敗、教育環境への不適応(教師の無理解、いじめっ子、子供の気持を無視した教育)などに原因を求める説もある。

 これらの心理学的原因説(と呼んでおく)がそれなりの調査、考察に基いたものであることは否定しないし、もっともな点がないわけではない。しかし、どれもこれも真の原因を言い当てていないことは確かである。
真の原因が突き止められていれば、真の対応策(治療法)をみつけられるはずだが、これまでに提出されたどの説明も有効な対応策とは結びつかず、情緒障害は激増し続けているからである。

 カウンセリング・プレイセラピー(遊戯療法)、児童福祉施設への隔離などいずれも治療法としては無力であり、登校拒否や家庭内暴力児を持つ親達は、カウンセラー、児童相談所、精神科、を訪ねあげた挙句、いかがわしい新興宗教などに一縷の望みをつなぐしかないのである。
心理学的原因説は、何がきっかけで子供が情緒障害に陥るかは説明できても、同じようなきっかけに出会ったときに、なぜある子供は情緒障害に陥り、ある子供は陥らないのかを説明できないでいる。
これは、結局、これらの諸説が「耐性の欠如」を解明し得ないことによっている。



(3)脳幹の機能について


 心理学的原因説は、生体の物質性(身体性)というべき生理機能を無視、ないしは不当に過小評価しているように思える。そこで、生理学的観点から「耐性の欠如」とは何かを解明してみたい。

 先に示した斎藤慶子氏の報告は、情緒障害児に、中枢神経系、内分泌系、心臓血管系、血液・リンパ系、呼吸器系、消化器系、泌尿器・皮膚系、筋肉・骨格系、感覚器系、とほとんど全身にわたる症状が認められることを指摘している。
もちろん、一人の情緒障害児が全ての症状を合わせ持っているわけではないが、複数種類の症状を呈することは、内臓疾患の併発とともに数多く認められている。
そうなると、これだけ多様な症状をひとまとめに説明できる仮説が必要になり、とてもできない相談のように思えてくる。ところが、脳生理学の最近の知見によれぱどうやら説明できそうなのである。

 人間の脳は大別すると、大脳と脳幹に分けることができる(運動制御に関与する小脳は一応別扱いとする)。
大脳はいうまでもなく人間が高度な精神活動を営む場であり、脳全体の八割以上(約千四百グラム)を占め、百億以上の神経細胞で構成されている。
人間と脳の関係を考えるとき、どうしても言語や認識活動を行う大脳に目が行ってしまうのであるが、ここでは動物としての人間を考える意味で脳幹に注目してみたい。

 大脳を支える脳幹はわずか二百グラムしかないが、生命体としての人間を存在せしめる上では大脳よりはるかに重要な役割を果している。
「植物人間」の用語で知られるように、事故や病気で大脳がどろどろに溶けてしまった状態でも、脳幹が正常であれば、ただ眠っているかのように人間は生き続けることができる。逆に、脳幹に針で突いたほどの損傷や異常があれば、それは即、生体の死を意味する。
脳は全体が硬い頭がい骨に包まれて保護されているが、脳幹はそのまた中心部に位置して「生命中枢」と呼ばれるにふさわしい役割を担っている
また、脳幹は文字通り大脳を支える幹であって、いささか乱暴な比喩を使えば、人間精神を支える土台である。大脳が受けとる身体情報は全て脳幹を経由している

 脳幹は脊髄に近い側から、延髄、橋(きょう)、中脳、視床(及び視床下部)、と解剖学的に分類される。
延髄は、呼吸、血液循環、消化関係(吸引、咀しやく、嚥下、嘔吐)といった生命維持に不可欠な機能が密集した部分であり、心臓と肺の働きをも統御している。
橋は、左右の小脳をつなぐ脳で、脳幹網様体と呼ばれる神経細胞核群の密集地帯となっている。このうち、A6神経核と呼ばれる広域分布無髄神経は脳の覚醒に関与、A10神経核は快感に深く関与するなど、人間精神にとって計り知れない重要性を持つ。
中脳は大脳と直接関係するような神経群を持つ脳であり、瞳孔反応や直立二足歩行に加えて「感情」とも密接な関連がある。

 視床(間脳とも呼ばれる)は脳幹の最上位に位置し、大脳の意識水準の調節や大脳と全身の神経系を中継する脳である。
視床の下方には視床下部と脳下垂体があるが、視床下部はホルモン分泌を主導として、性中枢、食中枢、体温調節中枢、に加え内臓から血管系全てを支配する自律神経中枢を持ち、さらに脳下垂体を支配することで全身のホルモン系をもコントロールしている。

 このように、生体の生命活動に必要なほとんど全ての機能と気分や感情の源泉が、わずか200グラムの脳幹に集中していることに着目すれば、情緒障害に見られる多様な身体症状が脳幹の何らかの異常と関係していると考えても不自然ではないであろう。

 最初に考えられるのは器質性の異常であるが、これは情緒障害の定義に反するし、器質異常が心理的ストレスで引き起されるというのはとても考えにくいことである。
同様な理由によってビールスや1細菌の影響ということもまずあり得ないといってよい。

 外的物質因子として可能性があるとしたら、化学物質による影響であろう。
戦後の高度成長期以後、大気汚染、有毒排液や廃棄物、食品添加物、などによって生活環境の汚染が急速に進行した。
また、薬漬け医療と乱診乱療が加わって、私達は大量の化学物質を摂取・蓄積することを余儀なくされている。これらの有毒化学物質が子供の脳幹に作用して、ある種の障害を引き起しているのかもしれない。先進諸国の大都市周辺で情緒障害の発生率が高いこととも対応しそうである。

 しかし、少し考えてみれば分かるようにこの仮説にも無理がある。
薬物など有毒化学物質の作用には、物質固有の選択性が必ず存在する。有機水銀中毒(水俣病)やカドミウム中毒(イタイ・イタイ病)の例を待つまでもなく、中毒症状に一定のパターンが認められなくてはならないはずである。
ところが、情緒障害児は中枢神経系から筋肉・骨格系に至る身体のほとんど全ての生理機能(生命力の発現)に異常が現われ、特有のパターンというものがない。また、環境汚染の種類や程度が著しく異なるはずの米国やヨーロッパ先進諸国でも、情緒障害が急増している事実があり、話を単純に毒性物質に帰着できそうにない
「脳幹の全体的機能(量の機能)」に関与し得る要因によってでなければ情緒障害の本質は説明できないといってよい。



(4)ソフト化社会と脳幹機能低下


 では、真の要因とは何か。それは、文明社会がもたらした「過度の安逸」である。

 戦後社会の急速な経済発展と技術革新は、日常生活を大量の「文明の利器」によって埋め尽くしてきた。その結果、現代人は古代人と比べれば数十倍から数百倍(もしかすると数千倍)も楽な生活を送ることを余儀なくされている。
自動車、鉄道、バス、タクシー、の発達で2キロメートル以上歩くことは稀になり、エレベータ、エスカレータ、の普及で階段を降りることさえしなくなり、果ては「動く歩道」で立ちつくすだけである。
扇風機やストーブだけでは満足できず、エアコンによる空調が、オフィス、デパート、家庭、を四六時中適温・適湿に保っている。
世界中の珍味を24時間営業のマーケットで手に入れて、飲み食らい、ソファに寝そべってリモコンスイッチでテレビのチャンネルを回す。硬い物、消化の悪い物は遠ざけられ、甘くソフトで口当りのよい物ばかりが、これでもかこれでもかと溢れ出てくる。
現代人は便利さと快適さというぬるま湯に首までつかり、「豊かさ」をむさぼっている。

 だが、何事によらず、度を過ごせば思いがけない事態が待ち受けているものである。

 生物としての人間の肉体は、数万年前と実質的に何ら変っていない。裸同然で野山を渉猟し、弓と槍で獲物をしとめ、素手で猛獣と闘うこともあった古代人と、五百メートル先のスーパーまでミニバイクに乗って、霜降肉を買ってくる現代人とは、器質において何ら変わるところがない。だから、現代人でも百メートルを十秒で走ったり、八千メートルの山の頂きに登ったり、ギリシャ彫刻のような肉体を作り上げることができる。
ところが一方で、過度の安逸に肉体を無防備に曝すと、手や足の筋肉を衰えさせ、肺や消化器の機能を低下させることになる。骨折でギブスをはめた足は一カ月もすれば絶望的に痩せ細るし、運動不足のサラリーマンは駅の階段を駆け上っただけで息を切らしてしまう。
人間の肉体に適度な負荷をかけずに放置すれば、器質的な意味を失うほどに弱化し、適度な活性化を怠ると生理機能も低下してしまう。この現象が脳幹においても起きているのである。

 生体の生命機能を集中的に担う脳幹といえども、それ自身が血と酸素とによって生きている器官であることに変りはない。脳幹も、ホルモン分泌細胞、無髄神経、有髄神経、グリア細胞、などで構成される多細胞集合体の臓器なのである。
「過度の安逸」によって、心臓・血管系や体温調節系の機能が発現する機会を奪い続ければ、運動不足の筋肉が痩せ細るように脳幹も衰弱するのは当然なのである。
器質的欠陥がないということと、その器官が正常に機能するかどうかということは別の事象に属していて、X線や超音波で診断して異常が認められなくても、あたかも器質異常が存在するかのような症状が機能低下によって引き起こされる。
身体的な耐性の欠如(低抗力の低下)の原因は、こうした現象と関係付けられそうである。

 脳幹の機能が生体の生命維持機能と直結し、情緒障害児の身体症状とも密接な関係のあることがいえそうであるが、それには脳幹とその近傍に関するもう少し深い知見が必要である。

 近年、脳内神経分泌学とも呼ぶべき分野が急速に発達し、人間の心(感情、気分、情動)と生理機能の結び付きについて多くの知見が得られている。
すなわち、感情、意欲、快感、精神力、といった心の領域に属するものが、遺伝子情報によって作り出される脳内小型タンパク(ホルモン様物質)の分泌によって直接的に基礎付けられているというものである。
この点を『脳と快感』(大木幸介薯)から抜粋してみたい。

*

  英国アバディーン大学のコスタリッツらの麻薬研究グループは、1975年夏に、ブタの脳内から麻薬モルヒネと同様の性質を持つ物質「エンケファリン」(脳内因子)を発見した。この脳内麻薬物質は、ネズミ、サル、人間の脳からも発見され、脳だけでなく神経のある所なら(極微であるが)全身で分泌されるものであって、動物は自分で自分の体内に麻薬物質を作り出し、苦痛やストレスを我慢していることが分った。

 脳内麻薬物質はその後、エンドルフィン(自ら体内で作る麻薬モルヒネ)と呼ばれるようになった。
エンドルフィンは、ホルモンの一種であって、繊維状高分子タンパクが必要に応じてコマ切れに作り出されるペプチド(小型タンパク)であることも、京都大学の沼正作らによって発見された(1979年)。
沼らの研究は、エンドルフィンが核酸テープに記録された遺伝情報の一部に基いたものであり、生命作用の根源的メカニズムと直結して分泌されるものであることを解明した。
また、抗ストレスの特効薬ともいうべきACTH(副腎皮質刺激ホルモン)が、エンドルフィンと全く同様にしてタンパク質から切り出されてくることも発見した。

 つまり、脳を中心に全身で脳内麻薬物質とACTHが同時に分泌され、ストレスを解消してゆくということである。
京都大学の研究グループは「生体防御の統合的機能」という言葉でのべているが、わたくしは、脳内麻薬物質は精神的ストレスをとり去るホルモン、ACTHは肉体的ストレスをとり去るホルモンであり、われわれの我慢強さ、すなわち忍耐力はこの両面からできると考えている。

 これは極めて重要なことである。これまで我慢強さとか忍耐力は精神的なものであると考えられていたが、精神と肉体の両面のストレスよけのホルモンの働きによるものだとすれば、精神と肉体の物質的関連がつけられることになる。

 以上のように脳内麻薬物質の発見は、単に麻薬の意義を明らかにするぱかりではなく、ホルモン形成の意義も明らかにし、さらに生体防御機能の一環として精神的な忍耐力まで解こうとしているのである。それとともに、これまで、不思議なこととされてきた現象も次々に解明されてきた。

 だれが考えても驚かされるものに、中国古来の針麻酔と、凝視させたり、暗示をあたえたりして眠りを誘導する催眠術がある。全身の急所、たとえば足の急所に針を刺しただけで麻酔がかかる。抜歯ならまだしも無痛分娩まで針麻酔で行われる。
ところがいまではこの針麻酔は、脳内麻薬物質の分泌によるものだということが証明されている。具体的にいえば、麻薬作用を失わせる麻薬拮抗剤(ナロクソン)を前もって投与しておけば針麻酔がかからないのである。

 また催眠術をかけられると、眠るまいとしても施術されると硬直して寝てしまい、施術者の言うままになる。1981年6月にこの模様がテレビで放映されたとき、それを見ていた脳生理学者は、脳内で麻酔性物質(脳内麻薬物質)が分泌されるからであろうと指摘したが、その通りなのである。

 ここまでわかってくれぱ、「心頭を滅却すれば、火もまた涼し」という「碧巌録」中の杜荀鶴の詩を唱えて業火に飛び込んだ甲州・恵林寺の快川禅師の行動も脳内麻薬物質の分泌で説明できるし、ロシヤのマルクス主義者で革命家のV.I.レーニンの「宗教は民衆の阿片なり」という言葉も、神に祈る、神を信ずるとき阿片に等しい脳内麻薬物質が分泌されるということで説明がつく。
さらに、澱粉や乳糖の錠剤、生理的食塩水の注射液のように無害なものを薬のようにみせかけて、「痛み止めですよ」と使う偽薬(プラシーボ)という薬の与え方があるが、これで頭痛や狭心症患者のうち30〜50パーセントの人には好ましい効果が認められるという、このような現象も、脳内麻薬物質でアッサリ説明されるはずである。

 最近では脳内麻薬物質の実体が以上のように分かったので、この物質の実際の活動模様が卑近な、すぐにでも役立つような例について次々と解明されている。

 たとえば1981年にはジョギングを8週間続けると、脳内麻薬物質(エンドルフィン類)が急増し、体の痛みを和らげるとともに怪我をしても気がつかないことがあるとか、1979年には若い白ネズミの手足を突然折ってしまうと、エンドルフィンの血中濃度が急増するとか、糖尿病の治療薬インシュリンを使っているとそのストレスによってエンドルフィンの血中濃度が増すといったことが報告されている。

 また、痛みとは関係がないある種の病気にかかった場合や、肥満体の女性、妊婦などにも、脳内麻薬物質(エンドルフィン類)が増加するといわれるし、低酸素症、精神分裂病、各種のストレス、全身硬直、痙攣などにも脳内麻薬物質(エンドルフィン類)が関係あるといわれている。

(『脳と快感』大木幸介、実業之日本社)


 話をいささか単純化し過ぎているきらいがないわけでないが、肉体的及ぴ精神的苦痛に耐える力が、「生体防御の統合的機能」(いわゆるホメオスタシス)に基づく脳内神経のホルモン様物質分泌によって直接的に基礎付けられていることが理解される
重要な点は、大脳が精神的苦痛と受け止めているものが、脳幹にとっては肉体的苦痛と同様に生体の生命を脅かすストレッサとみなされるということである。従って、脳幹の抗ストレス力(ホルモン様物質分泌能)によって精神的「耐性」が基礎付けられている
脳内麻薬物質の研究は現在、急ピッチで進展しており、新たな物質が数多く発見されるものと予想されるが、現時点では大まかに、精神的ストレスに対する抵抗性は脳幹域のエンドルフィン類分泌能に依存し、肉体的ストレスに対する低抗性はACTH類の分泌能に依存するとみなすことができよう。

 ACTHとエンドルフィンの任用を詳しくみることによって「耐性の欠如」の本態が明らかとなる。

 ACTHは副腎を刺激して副腎皮質ホルモンを分泌させるホルモンであり、視床下部の下の脳下垂体から分泌される。
副腎皮質ホルモンは脳を含めて全身のストレスを解消させ体内環境を整えるもので、気管支喘息、各種の皮膚疾患、リウマチ性関節炎、ネフローゼ(腎炎)など各種のアレルギーや炎症を起こすストレス病の特効薬である。

 生体はストレス病の特効薬を自から造出する能力を持っているのであって、その能力が十分に強ければ病気にはならないのである。逆にその能力が弱ければ、わずかな刺激で喘息を起こしたり、炎症を起こすことになる。
つまり「病気というものは、ストレツサと低抗力のバランスで決まる」のであって、低抗力の強いスポーツマンは丸一日雨に打たれてもカゼをひかないが、低抗力の弱い虚弱児はすき間風にあてられただけでカゼをひく。精神的抵抗力についても同様のメカニズムが存在するのではないだろうか。

 エンドルフィンは、脳内で痛みを止め、気持をよくし、快感を誘うだけでなく、自律神経を介して体温の変動、血圧の低下、食欲の増進、胃腸分泌の抑制、呼吸の抑制、嘔吐、性行動の増進、さらに学習効果の促進、自己刺激行動、鎮静効果、鎮咳効果、膵臓の分泌機能向上など数えきれないほどの作用を持っている。
エンドルフィンの正常分泌能が低下すれぱここにあげた項目のいずれかに照応する病気にかかりやすくなるわけである。

 脳幹(域)にはACTHやエンドルフィンのほかにも、シグナルペプチド、ビッグMSH、β-リポトロピンなど多様なホルモン様物質の分泌機能が存在して、肉体及ぴ精神的ストレスに拮抗する力を作り出しているのであるが、この力こそ、あらゆる疾病に対して自然治癒力として発現するところのものであってホメオスタシス(生体の恒常性)の根源的作用である。
しかし、自然治癒力を生み出す脳幹のこの機能は、長期に渡って活性化を怠れば弱化して、生体はストレスに対する抵抗性を失うのである。すなわち「過度の安逸によって引き起こされた脳幹域のホメオスタティック機能(ホルモン様物質分泌機能)の低下が耐性の欠如の本質であり、情緒障害の原因である」

 モルヒネやコカインが鎮痛作用や気分をスッキリさせる作用を持つのは、これらの物質が脳内ホルモン様物質の分子構造と酷似しているため、生体を「騙して」脳内ホルモンであるかのように振舞うことによる。
モルヒネやコカインは化学合成物質であるから脳内ホルモンとは違って容易に分解されず、脳内に長時間残留して不当に強い快感を持続させる。このため、外科手術や末期癌患者にとってはかけがえのない薬として使用される鎮痛剤が、一方で薬物耐性(中毒)という恐るべき副作用を持っている。モルヒネを一度使用するともう一度使いたくなり、更にもう一度、と依存度が高まり使用量も増えるという現象である。

 残留性麻薬物質の存在は、脳幹域のホメオスタシス(生体恒常性)からみれば、脳内に充分過ぎる麻薬様ホルモンがある以上、エンドルフィン類を分泌する必要がないことを意味している。そこで、エンドルフィン分泌の生理活動が一時的に休止する。
そのために、麻薬物質が分解して効果を失うと、脳内のホルモンバランスが急激に崩れて苦痛を感じることになる。(薬の副作用といわれるものは、薬が作用するのではなくて、薬が作用しなくなった時点での生体側の生理反応なのである。)
脳幹には自らエンドルフィンを分泌する機能があるのだから薬物使用が少量であれば、いずれ正常なバランス状態に復帰することは可能である。ところが、この時点で再度薬に頼ってしまうと不自然なバランス状態が固定化する(そうなることがホメオスタシスに基づく生命作用でもある)。
現代人が、一度エアコンを使い出すとめったなことではやめられなくなったり、お湯で顔を洗うのに慣れてしまったために湯沸かし器の故障に腹を立てるのも基本的には全く同じ現象である。
脳内ホルモンの分泌機能が十分に活性化されていれば、寒暖変化に曝されようと水で顔を洗おうと平気なはずだが、楽をし過ぎるとわずかな苦痛にも耐えられなくなるのである。
薬物は脳幹にダイレクトに作用するからその反動は強烈であり、苦痛→薬物使用→脳幹機能低下→苦痛増大→薬物使用量増大→機能低下、という悪循環が形成され、ついに薬物耐性(この場合、「耐性」という語は裏返しに使われている)を獲得するに至る。「楽あれば苦あり」というわけである。

 結局、情緒障害の本質である「耐性の欠如」を説明するには、ひとつの仮説を設けれぱよいことになる。即ち、


〈仮説T〉脳幹域のホメオスタティック機能は過度の安逸により弱化する。

*

  ほとんど全ての情緒障害児は母親の溺愛の犠牲者である。
「おなかがすいた」という意志表示を行わせる前に食事が与えられ、肌寒い程度でストーブがたかれ、くしゃみでもしようものなら電気毛布でくるんで蜂蜜入りミルクを飲ませる。マンガ、テレビ、オモチャ、無線機、ゲーム電卓、ステレオ、あれもこれも全てが与えられる。
精神面でも、不快なもの苦痛であるものはことごとく取り除かれ「やりたくなければやらなくていい」、「できる所までやれぱいい」、「あれだけ頑張ったんだからしかたがない」、「わかれぱいい」、「危い遊びは絶対ダメ」……と盲目の愛で砂糖漬けにしてしまうのである。
これでは、歯をくいしばって苦痛に耐える力、困難に立向う勇気と自発性、危機に反応する俊敏さ、といった精神力が養えるわけがない。病気に対する低抗力や運動能力が低下するのも自明である。
このような生活態度は、脳幹にとって「無重力」と同じ温度の安逸状態であって、ホメオスタシスを弱化させる危険に満ちている。
精神も肉体も限度を越えた安逸によって脆弱化し、やがて回復不能なまでに退化する。この退化が子供において著しいものが情緒障害であり、成人において常態化した脆弱化が、その程度に応じて、慢性疲労、気力減退、性障害、病弱、薬物依存、アルコール依存、奇行、ノイローゼ、衝動的暴力、などの文明病を作り出すのである。

近頃流行語となった「ピーターパンシンドローム」(大人になれない大人)の本質も、精神的耐性の欠如を引き起こす脳幹域の問題(と教育の問題)に帰着させることができるのであって、広い意味での情緒障害に属している。従って、原因は精神医学者達が考えているよりはずっとシンプルであるが、事態は彼等が考えているよりはるかに深刻なのである。