情緒障害児と海(後)


 戸塚ヨットスクールで使用されている1人乗りヨットは「かざぐるま」と命名されており、帆の上部に黄とオレンジ色を交互に配した風車のマークが入っている。
 艇の長さ3.43m、幅1.32m、帆の面積5.18u。
 艇の形がスリムな割に帆が大きく、船首が細くとがっていて、水につかっている部分が少ない。
 上手に乗れば大変スピードの出るヨットだが、それだけに転覆しやすく、操縦が極めてむずかしく設計されている。
 国体優勝の記録を持つコーチの加藤忠志でさえ、
「"かざぐるま"を乗りこなせれば、他の1人乗りヨットは簡単」
と語っているほどである。
 このヨットの考案者は戸塚自身である。
 現在、子供用のヨットとして最も人気があり、普及しているのは、船体が箱型になっていて、帆が小さなタイプである。
 スピードは遅いが、安定していて、乗りやすい。
 人気の秘密は、簡単に乗れて、楽しめるということ。もちろん、設計段階から子供の人気が得られるよう考案されている。
 だが、戸塚はこの種のヨットの設計思想および、それが子供の訓練用として幅広く使われていることに対して批判的であり、戸塚の「かざぐるま」はその対極をなす発想と設計によって作られている。
 「従来のものでは、子供が簡単にヨットに乗れるものと錯覚し、慢心してしまう。海と自然をなめてかかる。まるで、子供を甘やかすために作られたようなもので、その意味では実に迎合的、まさに今日の社会を反映したような発想のヨットだ。子供を鍛えるには、常に困難に立ち向かわせなくてはいけない。困難に挑戦してこそ、進歩、向上があり、精神力が養われるのだから……」
 1人乗りヨットの中で最も技術を必要とし、操縦が困難といわれる「かざぐるま」考案の思想を、戸塚はこう語っている。

 情緒障害児の特徴は自尊心、虚栄心が異常に肥大していることである。
 経験と実態を伴わず、異常に肥大した自尊心は現実の困難に直面すると、ひとたまりもなく崩れてしまう。だが、自らの非を認めることのできない彼らは、極端に自分の殻の中に閉じこもるか、スケープゴートを見つけて家庭内暴力、非行、校内暴力に走る。
 情緒障害児の治療は、まず、肥大した自尊心を粉々にするところから始めねばならないが、操縦の困難な「かざぐるま」は、そのためには実に効果的な条件を備えているのである。
 とはいっても、「かざぐるま」は最初から情緒障害児の治療と訓練を目的として、設計されたものではない。もともとは、健全な子供たちを対象にヨットを教えようとして作られたのである。

 戸塚宏が、少年たちにヨットを教える学校をやってみたいと考えたのは、昭和50年秋、沖縄海洋博記念太平洋単独横断ヨットレースに優勝した直後のことであった。
 大学でヨットを知って以来、自分がそれまで模索して探り当てることができなかった"何か"があると、魅入られてしまった戸塚は、その素晴らしさを少年たちにも伝えたいと願った。
 彼はその話をヤマハの川上源一に相談したところ、川上は支援を快諾した。
 川上は、戸塚が優勝した沖縄海洋博記念レース出場に当たってクルーザー「ウイング・オブ・ヤマハ号」を戸塚の思いどおりに建造、提供したのをはじめ、50年当時で合計5千万円の援助をしていた。
 こうして、レース優勝で有名になった戸塚の名を冠した「戸塚宏ジュニアヨットスクール」が51年秋から52年春にかけて全国8カ所に開校、新聞、テレビでも紹介され、健全な子供たちでにぎわっていた。
 ところが、52年4月、健康児の中にたまたま、まぎれこんでいた登校拒否の子供が、ヨットの訓練を受けた後、学校へ行くようになって両親が狂喜していることが新聞に報じられたのがきっかけで「戸塚宏ジュニアヨットスクール」はいつの間にか情緒障害児を治す学校として全国に知られることになってしまった。
 そして、はからずも、健全な子供を鍛えるために設計されたはずの「かざぐるま」が、情緒障害児の治療に非常に効果的であることがわかったのである。

 「つまり、子育ての目的は、健全な子供であろうと、情緒障害児であろうと同じなんですね」
 戸塚は、情緒障害の子供を数多く訓練するようになって、そのことに気づいたという。
 「われわれのやり方を批判する学者、専門家、教育評論家、学校の先生方に対して、私は逆に質問するんです」
と戸塚はいった。
 子育ての目的は何だと思いますか?
 これが、戸塚の質問である。
 「これまで、私が質問した全員が、答えに窮しましたね。子育ての専門家たちが自分なりの答えを持てないでいて、他人を批判するなんて、無責任ですよねぇ」
 そして、戸塚はもう1度、いった。
 子育ての目的は、何だと思いますか?
 「子育ての目的は――と私が尋ねると、ほとんどの人は、目的といっても色々あるから、というようないい方で言葉をにごしてしまう。しかし」
と戸塚はいった。
 「目的はたった1つだと思うんです」
 彼は、自分の考えを確認するようにちょっと間を置いてから、
「それは精神力をつけることです」
といいきった。
 「言葉をかえていえば、自分の持っている能力を100%生かす能力――だと私はいっているんです」
 あるいは、環境適応能力、もっと積極的に、いかなる状況をも克服できる力、自立心といってもよいかもしれない。
 「そして、その精神力を養うのにヨットほど素晴らしいものはないと私は思うんです」
と戸塚はいった。
 「実は私自身、今の時代だったら情緒障害になっていたかもしれない。そんな自分を根底から覆したのがヨットだった」

 戸塚は小学校から高校まで成績はトップクラスにあり、とくに数学は抜きん出ていた。両親は過保護ではないが、温厚で、彼は経済的にも不自由のない平和な家庭のなかで、なに不足なく過ごしてきた。
 成績に慢心し、怖いものなく、それでいて、心は完全に満たされることなく、何かを模索しながら探り当てることができず、いらだっていた。
 情緒障害の子供たちと同じ心理状態である。
 その彼が、大学のヨット部に入っでから別人のように変わった。雄大な自然の営みの中で、自分がいかに微力であるかを思い知ったのである。
 戸塚は懸命に自己と闘い、自己を鍛えるべく努力を重ねた。
 そして、この克己のきわみが、太平洋単独横断レースだった。
 「これはレースだ。レースである以上、勝つ」
と戸塚は思い定めた。
 たとえば勝敗の重要なポイントは艇の軽量化である。戸塚は、必要最小限以外の飲み水を全部捨てたのをはじめ、歯磨きのチューブも日数分以外は捨て、歯ブラシも柄を半分に切るといった徹底した軽量化を図り、食事も宇宙食をとった。
 そして、41日間のほとんど、1日4時間の睡眠時間を、目覚ましを掛けておいて15分刻みに眠り、ヨットの方向、速度、帆の具合などを確認するという離れ業をやってのけた。
 他を圧倒的に押さえての優勝はその成果だが、驚嘆すべきは勝つという目的のために41日間、15分刻みに寝起きしたその恐るべき精神力の強靭さと忍耐力である。


 朝の体操は戸塚ヨットスクールの教程のなかでも、ヨットの訓練に劣らないほど重要な意味を持っている。
 約1時間のうち最も多くを費やす腕立て伏せを中心に、腹筋、背筋、屈伸、握力など十種類に及ぶ体操は、戸塚が大学のヨット部で教わったものを基本に、体験を踏まえて改良を加えてきたものである。
 体操の第1目的はヨット操縦に必要な筋肉の鍛錬を含め、基礎体力をつけることにある。
 戸塚によると、情緒障害児が対象の場合、重要なことは、かなり鍛えられたスポーツ選手でなけれぱこなせないほど激しく厳しい体操に挑戦させられ、しごかれることによって、忍耐力、精神力が培われ、そして困難を克服したという自信が徐々に芽生えてくることである。
 さらにしごきを通じて、生徒がコーチに従うという関係が確立される。
 精神力のある正常な者であれば、自らの意思によって困難に挑戦し、克服しようと努力するが、その力のない彼らはコーチによっていやがるのを無理にやらされることになる。怠けても、逃げても骨身にこたえるパンチが待っている。コーチには体力、知力、技術、経験等、あらゆる面でかなわないことを子供たちは肌で覚えさせられるのである。
 「一人前でない子供の自主性を尊重するとか、対等に話し合うなど悪しき平等主義」
と批判し、命令と服従こそが教育と子育ての基本原理であると主張する戸塚たちの考え方が、この体操を通して具現化され、それがヨットスクールにおける全生活を律している。

 たとえば、ヨットの上達した生徒に未熟な者を教えさせることがある。
 生徒同士でも教える方は絶対。教わる方は年上でも威儀を正し、礼を尽くさねばならない。悔しかったら努力して早くうまくなれ、というわけだ。
 生徒が合宿所の2階の広間から階下へ上り下りする時には、コーチ室の前へ直立不動の姿勢で立ち、
「下へ降ります」
「上がりました」
と大声でいって礼をしなくてはならない。声が小さかったり、姿勢が悪かったりすると、
「やり直し!」
と、何度でもやらされる。
 空手で親をぶっ飛ばしていた家庭内暴力も、校長室を占拠して「コラ、校長!」と脅迫していた校内暴力も、ここではひとたまりもなく、丸ぼうずの従順な子供に変えられてしまう。

 戸塚ヨットスクールへ連れてこられるのは、情緒障害のなかでも「SOS」の出た重症の子供がほとんどである。
 彼らは例外なく、たった1度の腕立て伏せも満足にできないばかりか、身体と手足をピンと伸ばすことさえできない。
 今日、あまりはやらない言葉に「健康な身体に健全な精神が宿る」というのがあるが、まさに、心がひねくれていると身体までねじ曲がっていることがよくわかる。
 そして彼らは、コーチから体操をやれとしごきを受けると、決まって大声でわめく。
 家庭にいた時と同じように、大騒ぎをすれぱ許され、苦しさから逃げられると思っている。
 泣けば、
「いい子、いい子……」
とあやしてもらえると思い込んでいる幼児と同じで、なかには厳しくしごかれると本当におしゃぷりを始める子供がいる。
 身体ばかり大きくなって、精神的には幼児性を脱していないということだろう。

 しかし、不思議なことに、ヨットと体操を雨の日も風の日も毎日繰り返し、鉄拳、足蹴り、罵声、怒号……コーチの厳しいしごきを受けているうちに、彼らは、徐々に、身体と手足がピンと伸びはじめ、わめき声が少なくなり、唇をふるわせながら苦しみに耐えようと努めるようになる。
 すると、感情の通わなかった目に少しずつ表情が出はじめる。わめくだけで涙の出なかった目から、ポトリと一滴の涙がほおに伝わり落ちたら、立ち直りのきざしが見えはじめたことを物語る。やがてその子供は、ヨットレースに勝つと、戸惑いながらニッと笑ってキョロ、キョロと周囲を見回す。
 これを何度か繰り返しているうちに、子供は喜ぶことを覚え、目が輝きはじめ、自信が芽生え、積極的行動に出はじめる。
 逆に、非行や暴走族の子供にはやさしさや、いたわりの心が生まれる。そして、回復とともに、男は男っぽく、女は女らしい身体つきと心根に変わっていく。
 朝のランニングを見ていると、回復した子は先頭を、入ってきたばかりの子は必ずぴりっけつを、走っている。象徴的な光景である。
 しかし、しんがりを走っている子供も厳しいしごきに耐えて、やがては、先頭を走るようになるだろうことを、この合宿所に長くいると、ある種の自信をもって予測できるようになってくる。

 ヨットには大別して2種類ある。
 1つはクルーザー。
 もう1つはディンギー。
 クルーザーは、外洋の航海(クルージング)に使われる。
 戸塚宏が昭和50年、沖縄海洋博記念太平洋単独横断ヨットレースに優勝した時の「ウイング・オプ・ヤマハ号」。堀江謙一の「マーメイド号」。戸塚や堀江たちと同じレースに、日本女性として初めて太平洋単独横断に成功した小林則子の「リブ号」などは、いずれもクルーザー。
 エリザベス女王の夫君フィリップス殿下、チャールズ王子をはじめ英王室諸公やヨーロッパ各国の王室、英国の元宰相故ウィンストン・チャーチルらが大西洋を優雅に旅した、あるいは旅する船も、ギリシャの海運王オナシスがジャクリーン・ケネディを地中海洋上に招いたのも、クルーザーである。
 これに対しディンギーは1人から、せいぜい3人乗りの小さなヨットを指す。
 発生的にはクルーザーに積み込んで、クルーザーと遠浅の海岸とを結ぶ連絡用の小舟として生まれた。ところが、この小舟がやがて単独でレース、ないしレジャー用として広がりはじめ、オリンピックや国体の種目として採用されるまでになった。外洋航海用のクルーザーと違ってディンギーは海岸からそれほど離れていない沖合でレースを競ったり、乗って楽しんだりする。ディンギーには種類が無数にあり、だれかが新しいタイプを考案すれば1種類ふえるといった具合。その中で値段、乗りやすさ、その他さまざまな条件によって大衆的に広まったものが、大きなレースの種目として採用されたりする。カッコよさで人気の出たウインドサーフィンがディンギーの1種として、オリンピック種目に採用されたのなどは、その典型である。
 戸塚ヨットスクールで日々の訓練に使用されている「かざぐるま」もディンギーの1種で、戸塚宏の考案によってヤマハの技術陣が製作した。
 ヨットスクールで、ディンギーを乗りこなせるようになった生徒はやがてクルーザーに乗せてもらえるようになり、クルーザーを操って太平洋へ数日間のクルージングに出してもらえるようになると、親のもとへ帰れる日が迫りつつあることを物語っている。
 ヨットの上達とともに情緒障害も治っていくわけで、戸塚の言葉を借りれば「すべては海とヨットがやってくれる」のである。

 戸塚ヨットスクールへ入校した生徒は、1日目から朝の体操に参加し、ヨットに乗る。
 体操、食事、後片付け、掃除を終えて8時半ないし9時少し前に浜辺へ出て、まず艤装(ぎそう)。
 前日、訓練を終えたあと満潮時の波にさらわれないよう堤防わきに立てかけて片付けておいたヨットを、先輩たちにならって砂浜の水打ち際まで運び出し、帆を広げ、ロープを張り、舵をつけ……ヨットを乗れるように装備することを艤装という。
 新入生は、艤装にかかるまでに4種類のロープの結び方や部品の名称を先輩に教えられる。
 艤装を終えると、いよいよ海へ出てヨットに乗る。これも、最初の1、2回だけ先輩に操縦してもらって同乗、今度は逆に先輩に同乗してもらって自分が操縦。それが終わると、すぐに自分1人で乗らされる。
 非常に厳しいスケジュールであり、相当優秀な健康児でも最初から上手に乗ることは不可能に近い。
 多くの子供は前夜、不意打ちを受けてヨットスクールへ連れてこられている。テレビ、ステレオなんでもそろった甘え放題の親元から一転して廃屋のような合宿所へ。粗衣粗食、寝袋でゴロ寝させられたかと思うと、朝早くから体操でしごかれ……自分に何が起こっているのかさっぱりわからなくなっているところへ、ロープの結び方、ヨット各部所の名称、乗り方、組み立てなどを1度にまくしたてられ、海へ放り出される。その間ずっと、アホ、パカ、間抜け呼ばわりで、ヘタをすれば鉄拳の風なのだから、子供がどうてんしたとしても無理はない。
 そこが戸塚式教育の狙いであって、頭と心を大混乱させて、今までグズグズ考えてきたつまらないことをさっぱり忘れさせ、頭の中を空っぽにしてから精神を鍛え直し始めるわけだ。

 ヨットの訓練は浜辺から沖合1〜2キロの海上に、マークのプイ3個を三角形に浮かべ、全長約1,000mの周囲を早くまわるレースを何度も繰り返す。
 スタートラインの所に錨(いかり)を下ろしたカッターに乗ったコーチが全体を見てマイクで指示し、2隻の高速艇に乗ったコーチが子供たちのヨットのそばまで走ってきて特訓。時には海をこわがっている子供のヨットにわざと高速艇をぶつけて転覆させ、子供を海へ放り込む。
 訓練に適すのは風速6〜7mの風の日。無風の夏の日など、ヨットは怖くないし海に落ちても快適だから、あまり訓練に適した条件とはいえない。冷たい風が吹き、海が荒れて冬型の気候に入りはじめると、子供たちにとっては厳しいが、しかし、最も効果のあがるシーズンとなる。