長崎・駿ちゃん殺害事件


長崎で、4歳の男児・駿ちゃんを連れ去り、突き落として殺害した「12歳少年」については、問題を2つに分けて考えなければなりません。

(1)対人関係の理性が3歳児程度であること。
(2)本能が完成していないこと。

今回特に問題となるのは、(2)の本能の方です。

対人関係の本能は、"生まれつきある"というよりは、必要に応じて「解発される」ものの方が多いと思われます。特に重要な本能である「罪の意識」は、子供が何か悪いことをした時、ひどく叱られるとか、体罰を受けるなどといった刺激を受けることによって解発されると思われます。

悪いことをしても罰を受けなかった場合、子供(幼児)は、わざと分かるような悪いことをして罰を受けようとします。「罰を請う」行動をするのです。それでも罰を与えないと、子供は訳もなく不安になってきます。オドオドするようになります。

「罪の意識」は社会に出て行くために非常に重要な本能で、悪いことをしても悪いと思わない人間は、社会のつまはじきとなります。12歳の少年も、明らかに「罪の意識」を解発し損なっています。

「叱るより誉めろ」の教育は、マスコミと日教組によってデフォルメされ、「叱ることは悪」となってしまいました。「体罰なんてとんでもない」と、よく言われたものです。そして、このマスコミ論調は、一部の母親に絶好の口実を与えてしまいました。父親、学校、友達、社会の「暴力」から、自分の「子供を守る」と称して、溺愛してしまったのです。

当然、父親から叱られず、学校で罰を受けず、友達にもいじめられない子供には、「罪の意識」は生じません。すると、なんと社会に出たり、友達と付き合うのが怖くなってしまいます。なぜなら、自分に「罪の意識」がないということは、他人にもないということだからです。つまり、「他人は自分に何をするか分からない」、そう感じるようになるのです。

真犯人は、やはりマスコミと日教組

何度も言っていますが、欧米流の精神論は間違っています。その間違いの重要な1つが、「本能論」のないことです。教育は精神論に基づいて行われますから、間違った精神論から、「叱るのは悪」などという訳の分からない教育法が出てくるのも仕方ありません。

酒鬼薔薇聖斗(サカキバラセイト・神戸の連続児童殺害事件犯人)の時も、宅間守(大阪・池田小学校での児童殺傷事件犯人)の時も言いましたが、彼らはああなりたくてなったわけではありません。マスコミと日教組の責任で、ああなってしまったのです。しかし、本当の責任者は決して責任を取りませんし、我々も責任を追及しません。悪い権力者を交代させる制度が民主主義なのですから、日本に民主主義はないということになります。

「12歳少年」に関するマスコミ論調を見ると、最初に書いた(1)の理性の創り損ないばかりに焦点を当てているのに気づかれると思います。アメリカ流の精神論を取り入れ、それだけが正しいとして50年以上が経過してしまったために、今や誰にも訳が分からなくなってしまっているのでしょう。

私が「脳幹論」を提言したのは16年も前のことです。あの時点でちゃんと取り上げてくれていれば、今度の事件だって起きずに済んだはずです。「専門家」にとって、日本人の、しかも現場の人間の意見など、検討に値しないのでしょう。

我々はどう考えても"政治犯"ですね。権力者に都合が悪いので、「いかに活動させないか」に重点が置かれているようです。