猟師の子「サーティ」
昔々、シャーリープトラ(舎利子)が街を歩いていると、前から何とも言えず立派な人がやって来ました。
「あなたの師はどなたですか?」――「お釈迦様です」
「何を説かれますか?」――「因縁です」
この話を読んで、私は仏教をやってみようと思いました。
「因縁」とは「科学」ということです。仏教は宗教ではなく、科学的精神論に違いない。それなら教育に使える。そう思ったのが20年前、名古屋拘置所に放り込まれた時でした。
保釈後、ヨットスクールで仏教(儒教も)に書かれている"法則"を、現場で応用してみて、全くその通りであることを確認することができました。生徒達にも説明してみたのですが、みんな半信半疑で聞いていました。宗教としての仏教のイメージがあまりに強いので、科学的精神論であると言われてもピンと来ないのでしょう。
その際たるものが、「輪廻転生」ではないでしょうか。我々が考えている輪廻転生は、科学とは程遠い精神世界の話ですよね。仏教界で、いつ頃から今のようになったのかは知りませんが、輪廻転生は「ソフトウエアは消えない」ということなのです。
小学生の頃、誰もが自転車に乗れるようになります。自転車に乗る技術(ソフトウエア)を自分で創ったからです。それから全く自転車に乗らず、数十年経ってから試してみると、やっぱり乗れます。1度創ったソフトウエアは消えないのです。そして、正しくない技術(=癖)も、つくってしまうとやはり消えません。これが問題となるのです。
定義も知らずに真理を潰す"権威"
さて、中阿含経に、サーティ経というお経があります。内容は、猟師の子・サーティが、「輪廻するのは"識"であり、お釈迦様もそう言った」と主張するのを、他の比丘(びく)とお釈迦様が「因縁」を持ち出し、「それは間違いだ」と諭し、かつ、罵倒するというものです。
このお経の裏側には、その当時の論争があり、権威側は「"識"が輪廻するのではない」と結論づけ、お釈迦様の名前を使ってサーティ的な考えを潰してしまったのでしょう。しかし、どう考えてもサーティが正しい。"識"が輪廻するのです。権威側は、「では、何が輪廻するのか」を答えていません。
何より、一番大きな間違いは、「"識"とは何か」を知らないことです。"識"とは何かを知らず、「それは"識"じゃない」と言ったところで、全く説得力はありません。民主主義の定義もできないマスコミが、「ヨットスクールは民主主義に反する」と言ったり、人権の意味の分かっていない裁判官が「ヨットスクールは子供の人権を無視している」と断罪したりするのと同じことです。
私はサーティに親近感を感じますが、それは「猟師の子」という現場を示唆した言葉と、間違った権力者が、正しい個人を力で圧殺したという事実です。
お経の中で、権威側は言います、「識、縁あれば則ち生じ、縁なければ則ち滅す」と。例えば、目で(因)物を(縁)見る(行)から眼識が生ずるのだから、物(縁)を無くせば、眼識が滅するというわけです。
が、これは眼識の意味を間違えています。そのまま放っておいても無くならないのが識ですから。
「人はいかに物を見ているのか。実は、物それ自体を見ているのではなく、あなたの脳が創造性を働かせながら、視覚の世界を意味あるものとして構築しているのだ」(『視覚の文法』ドナルド・D・ホフマン)
この、視覚を構築するソフトウエアのことをお釈迦様は眼識としたのです。21世紀になってやっとまとまった知見を、インドでは紀元前5世紀に既に知っていたことになります。瞑想というのは、このように自分の肉体も精神も正しく観察し、理解することができるのです。儒教でもそうであったように、「己を知る」は、トレーニングの基本です。
「癖」を「技術」に変えれば、「苦」がなくなる
その他、サーティ経には漢訳の際に重要な部分に間違いがあり、そのまた日本語訳には訳の分からぬ部分ができてしまっています。
「生ずる物は、必ず滅する」――ならば、なぜなくならない"苦"があるのか。この答えを見つけるために、お釈迦様は出家し、トレーニングに励みました。そして、知的な方法(瞑想)で答えを見つけ出します。
(1)無くならない苦とは何か
(2)苦の共通項は何か
(3)その共通項を滅すればよい
(4)その方法が八正道(はっしょうどう)である
仏教の基礎、四諦(してい)、八正道です。
間違って作ってしまったソフトウエア、癖、理性、これが「我(が)」で、これにより、"苦"が輪廻するのです。ならば、癖を正しい技術に直せばいい。剣道や柔道をやった人なら、「型」の練習として、癖を技術に変えることを知っていますね。仏教の型は「無明(むみょう)」を「明(めい)」に変えること。「明」が「空(くう)」なのです。正しい考え方を繰り返すことで、間違った理性である「我」を、正しい理性である「空」にしていきます。それを、瞑想(正念・しょうねん)で行うのです。
お釈迦様は、「とにかく行動しろ」と言います。行動しなければ、正しさは実感できず、おかしな方向に曲がってしまいます。実効力のない権威は、マスコミと同じになってしまうのです。