<戸塚宏・プロフィール>

1940年 第2子として誕生。

1959年 名古屋大学工学部機械工学科入学。ヨット部に入部。主将として活躍。

1965年 国際ヨットレース初参加。その後幾多のレースで優勝を重ねる。

1972年 遭難。極限状態を経て生還。

1975年 沖縄海洋博記念「太平洋−沖縄・単独横断レース」にて、41日間という驚異的世界記録で優勝。

1976年 戸塚ヨットスクール開校。
偶然入校した登校拒否児が正常化。以後、登校拒否、家庭内暴力、非行、無気力など、情緒障害児を対象としたヨット訓練で画期的成果を挙げ、約600人の子供達を更生。

この間、2件の死亡事故と2名の行方不明事件発生。


1982年 訓練生・小川真人君死亡。この事件を契機に「サンデー毎日」などの新聞系メディアが中傷記事を掲載。これが引き金となって、マスコミの総攻撃へと発展する。

1983年 戸塚校長とほぼ全員のコーチが逮捕。スクール一時閉鎖。

      拘留中に「脳幹論」を完成。


1986年 3年1ヵ月ぶりに保釈。同年スクール再開。

1987年 「戸塚ヨットスクールを支援する会」(石原慎太郎会長)が発足。

1989年 老人病などの機能回復訓練で画期的成果。

1990年 合宿所全面改装。

1992年 7月、名古屋地裁で「実質無罪」の判決(拘留期間よりも短い懲役3年で執行猶予付き)。検察、弁護側とも控訴。

1997年 3月、第2審判決(名古屋高裁)。懲役6年・執行猶予無しの実刑判決。弁護側上告。

1998年 世界人権宣言の間違いを指摘。
沖縄遠征合宿始まる。


1999年 4月、石原都知事誕生!知事就任後も戸塚擁護論を展開。全国各地(名古屋・大阪等)で支援活動活発化。
沖縄合宿所建設へ。


2000年 能登合宿所開設

2002年 2月、最高裁が上告棄却を決定。
3月29日、全員収監。