柘植 久慶 × 戸塚 宏 


柘植
 今日はお招きありがとうございました。
 私は、早くから戸塚ヨットスクールに関心を持っていました。といいますのも、今の子供たちが塾だ偏差値だと痛めつけられ、そのなかから何%かの情緒不安定な子供たちが出てきてドップアウトするのはある程度仕方のないことだという気がするからです。アメリカの士官学校でさえ、600人が入学しても途中で200人近くがドロップアウトしてしまうという現実があるのですから…。
 そうして、情緒不安定な子供たちは、ある時は家庭内暴力のような形になって、親でさえ抑えることができない。そういう子供たちを救うことが果してできるのだろうかとずっと考えていたところ、私の生まれ故郷である愛知県蒲郡のすぐ近くにある美浜という所で、戸塚さんが素晴らしい成果を挙げられた。それで、ずっと注目していたのです。

戸塚式しかない

  柘植
 私は、軌道から180度、あるいは、270度も外れた方向に走ってしまったような子供に対して「こうしなければいけませんよ」などといってもダメだと思います。うむを言わせず海に突き落とすようなことがやはり必要なんです。
 軍隊の教官をやっていた時ですが、ダメな兵士がいたら、さりげなく難しい仕事を与えるようにしていました。当然できないんですが、それでもやらせる。軍隊ですからかなり荒っぽい。殴ることもします。非民主的といわれようが、現実にこれが一番の早道なのです。先日、NHKでフランス外人部隊のことを放送していましたが、そこでも殴る場面が出ていました。そうして矯正するのが、本人のためにも一番なのです。
 そんなやり方は反感を買って、戦場で後ろから撃たれるんじゃあないかという人がいるかもしれませんが、少なくともフランス外人部隊では、そういうケースはほとんど皆無なのです。むしろ体罰厳禁主義で臨む米軍のほうが、ベトナム戦争中に味方の弾丸で相当やられている。そういう経験からも、戸塚さんのようなやり方しかないんじゃないかと思っていたわけです。
 また、先日、武田流古武術の先生とお話する機会があったのですが、その先生も人に頼まれて情緒不安定な子供を預かったことがあるけれど、とても手に負えなかったそうです。そして、「やはり、戸塚さんの方法しかないと思う」とおっしゃっていました。

作文で出世する検事

柘植
 私は大学で法律学を学びました。
 それで、法の解釈については、かなり正確にできる部類に属するつもりでいるのですが、現在の裁判のあり方に、大きな疑問を持っています。
 といいますのも、今の日本には「この人を引っぱらないといけない」という世論というか雰囲気ができてしまうと、それに警察や検察が負けて、その通りの起訴がなされてしまう傾向があるからです。これは、おかしい。
 この前、取り調べ中に暴力をふるって首になった検事がいましたが、ああいうふうに、自分たちに都合のよい調書を無理矢理にでも作り上げようとしています。そうすることで出世できるような仕組みになっているのです。そのため、公判が始まった途端に、被告が調書を全面否認するという事態がしばしば起きてくるわけです。
 もちろん真面目にやっている検事もいるんでしょうが、作文がうまいだけで出世する検事がいるという事実は、皆さんも頭の隅に入れておく必要があると思います。マスコミ情報を鵜呑みにせずに、常に自分の判断でものを見るようにしなければいけません。

情報はナマが命

戸塚
 情報には、生の情報であるインテリジェンスと、加工された情報であるインフォメーションがありますね。CIA(中央情報局)の「I」は、インテリジェンスのことですし、CIC(対情報部隊)の「I」もそうです。皆、生の情報を基本としている。ところが、日本のマスコミの情報は、ほとんどが事前に処理されたインフォメーションなのです。そして、皆がそれをすべて真実だと思って信じてしまうから問題なのです。

柘植
 全くそのとおりだと思います。

戸塚
 彼らは、そういう情報処理を日常的にやっているわけですが、情報を処理する時、処理する人間の哲学というか、好みというか、そういうものが入ってくる。その哲学がちゃんとしたものならまだ救いがあるわけですが、いいかげんな哲学がそこにあるものだから、適当な所でお茶を濁すような処理になってしまうんです。
 我々の事件では、ヨットを使って情緒障害児の更正に成果を挙げたが、マスコミの大嫌いな体罰を肯定したものだから、体罰=軍国主義という硬直した論理ですっかり悪者にされてしまった。そして、死亡事故を契機にここぞとばかり攻撃を加えられ、悪いこと(マスコミにとって都合のいいこと)は度外れなほど誇張し、良いこと(彼らにとって都合の悪いこと)はまったく取り上げられなかった。もし取り上げても非常に歪曲されていて、真実からはほど遠い姿になっている。やがてそうやって作り上げられたイメージが一人歩きを初めるようになると、今度は常にそのイメージに沿った形でしか記事にしようとしない…。そういう状態がもう十数年続いています。

柘植
 日本のマスコミは、視聴者にどう受けるかということしか考えていないんじゃないんでしょうか。
 以前、「なだしお事件」(自衛隊の潜水艦・なだしおと釣り船が衝突した事件)の時、私は仕事で銀座にいました。そこへテレビ局の人がコメントを取りに押しかけて来まして、路上でインタビューを受けるはめになりました。
 で、まあ、ひと通りのことをしゃべったのですが、ディレクター氏は何か不満なんですね。聞いてみると、要するに「自衛隊が悪い」という意味のことをいってほしいというんです! 冗談じゃあない。その時はまだ、衝突が起きたということ以外、詳しいことは何も分かっていない段階なんですよ。それに、よしんば分かっていたとしても、どちらが悪いかなんてことは、さらに厳密な調査を行ってた上で、海難審判によって決めるべきことです。
 そういってやりあってたら、「言え」「言わない」で押し問答になってしまった。あげくに「ニュアンスだけでもいいからいってくれないか」ときた。「そんなことできるか」と突っぱねたら、結局そのインタビューはボツになりました。
(笑)

マスコミ人は弱い

戸塚
 私の経験では、堀江さんが太陽電池の船で太平洋横断にチャレンジして、最後にレスキューされた時のことですが、ある新聞記者からインタビューに来た。堀江さんをよく思っていない記者だったんですね。こちらの話をじっと聞きながら、頃合いを見て「彼は目立ちたがり屋ですからねー」と誘い水をかけてきたんです。
 それで、「男というものは、もともと目立ちたがり屋だ。目立ちたいからこそ頑張る。彼も男ですからね」といったら、翌日の見出しに「堀江は目立ちたがり屋だ」とデカデカと書かれてしまった。おかげで、彼に謝りに行かなければならないはめになってしまった(笑)。

柘植
 私の友人のC.W.ニコルは、いわゆる自然保護運動屋と違って、自分の見識に基づいて自然保護を訴えている人ですが、彼は捕鯨賛成派です。今の鯨は増え過ぎていて生態系を乱すから、本当の自然保護のためには適度の捕鯨が必要である、という意見なんですね。
 その彼が、カナダのテレビ局からインタビューを受けた時、長い時間をかけて捕鯨賛成論を述べたのに、所々をうまく切り貼り編集されて、捕鯨反対論として放映されてしまった。
 当然、抗議したけれど、放映されてしまったものは後のまつりで、どうにもならなかったそうです。外国でも似たようなことはあるんですね。

戸塚
 マスコミの人間というのは、基本的に「弱い」んだと思います。子供に銃を持たせた時と同じです。弱い人間はまわりが怖くてしようがないから、武器を持たせると滅多やたらに撃ちまくる。彼らの場合、武器はマスメディアですから、それを使って攻撃をするわけです。

サバイバルの基本は基礎体力

戸塚
 柘植さん、戦場で実際に弾丸を受けた時は、どんな気持ちになるんですか。

柘植
 初めて弾丸が頭上をかすめた時、無意識のうちに、腰ががくんと落ちるのを感じました。
 その後、慣れてくると、上のほうを飛ぶ弾丸は平気になりました。「ああ、今日の相手は戦闘慣れしてないな」と分かるからです。ところが、距離は離れていても低い弾丸が飛んでくるようだと、これは怖い。油断のならない敵だと思って緊張します。

戸塚
 負傷したことは?

柘植
 入院するほどの大きな怪我はしていませんが、水筒を突き抜けた弾丸の先端が突き刺さったことがあります。弾丸は回転しながら飛んできますからものすごく熱く感じるんです。で、戦場というのは不潔な場所ですから、すぐにそれを携帯のウィスキーで消毒して…。
 これはサバイバルの話になってきますが、サバイバルの基本に「ひとつの物を幾通りにも使う」ということがあります。例えば、ウイスキーは、消毒薬や気付け薬にもなるし、火を起こす時の補助剤にもなります。ここにあるフォークでしたら、武器にもなるし、部屋に閉じ込められた時に戸をこじ開けたり、壁に穴を開けたり、といったさまざまな使い方があるわけです。
 但し、フォークで壁を掘るには、フォークを折らないために常に垂直に刺さるように扱わなければなりません。そこで、そうした技術を、いついかなる状況でも発揮できるようになるために、常日頃の訓練というものが大切になるのです。

素振り5,000回

戸塚
 どんなトレーニングを心掛けていますか。

柘植
 ひとつひとつの技を完全にマスターするまで繰り返すのです。
   例えば、格闘技としてのナイフをマスターしようとしたら、それこそ朝から晩まで、ナイフを同じように振る練習を繰り返します。すると、だいたい1,000回ぐらいで軌跡が安定してきます。3,000回ぐらいやると、切っ先が常に1cm以内の精度でコントロールできるようになります。そして、5,000回もやればローソクの芯が切れるようになるのです。

戸塚
 とにかく、理屈で考えるよりも、回数をこなすのみという世界がありますね。
 我々は今、ウインドサーフィンの練習に力を入れているのですが、風下に向かって方向転換する「ジャイブ」というテクニックがあります。最初のうちは、沈没ばかりですが、やがて回れるようになる。しかし、強風の中、目標とする場所で、小さく素早く回れるようになるには非常に時間がかかります。それで「ジャイブ千回」ということわざがあるんです。

基礎体力と基礎精神力

司会 柘植先生、お子さんの教育方針についてお聞かせ下さい。

柘植
 あらたまって申し上げるようなものは特にないのですが、私は、自分の体験からいって、「基礎体力」というものが決定的に重要だと思っています。戦場で生き残るにも、軍隊で教官として指導する時にも、基礎体力があったからこそやって来れたと思うからです。
 私がそだった家では、手押し式のポンプで水をくみ上げて家事に使っていたのですが、そのポンプを押すのが私の役目でした。小学生の頃からやっていましたので、腕っぷしが滅法強くなりました。また、古武道の柔術を先生について習っていましたが、体格的に恵まれていたこともあって、小学5年生ぐらいから時々、先生を負かすようになっていました。軍隊で部下になめられなかったのも、基本的には、やはり基礎体力があったからだと思います。
 ですから、3人の娘達には、勉強のことは何もいわず、一にも二にも体力、ということで、いろいろなスポーツをやらせました。特に、水泳は子供の足腰に無理な負担をかけず、心肺機能を高めるのによいので積極的にやらせました。ほかにも、バッティング、キャッチボール、サッカー、バレーボール等々異種スポーツを楽しみながら広くやらせました。

 一番上の娘は、アメリカの高校に行くことになりましたが、身長が160cm以下で向こうではチビのほうなのに、1年生でソフトボールの4番打者、4割8分ぐらい打つ。水泳は全校代表という具合ですが、これも基礎体力と小さい頃に仕込んだスポーツの成果だと思っています。
 スポーツの素質があったのはむしろ2番目の娘です。中2の頃まで水泳の全国大会で活躍するような娘だったのですが、中3になって突然「勉強する」といいだしてすべてやめてしまったのです。あのままスポーツをやらせていれば相当なところまで行ったでしょうし、私としてもやらせたかったのですが、強制しない主義でしたから、好きなようにさせました。普通は親が、勉強しろ、勉強しろとうるさいのに、子供のほうが勉強したいというのだから、まあいいか、と(笑)。
 そうやって勉強したせいで、いわゆる偏差値の高い私立高校に行きました。それはそれでいいんじゃないかと思っています。
 3番目は、これといった特技はないですが、クラス委員をやったかと思うと、生徒会選挙の裏方に回ってみたりと、上の2人にはない良い特性を持っていますので、それを伸ばしてやろうと考えています。

 私は、子供の成長を測るのに、偏差値だけでなく、もっともっといろいろな尺度があってしかるべきだと考えています。
 今の子供たちには、偏差値というひとつの座標軸しかありませんが、それ以外の座標軸、例えば、スポーツでもいいし、リーダーシップ、協調性、あるいは他人に対する思いやり…、そういった多様性のある尺度で子供を見てやるべきだと思っています。

戸塚
 「徳性」に関わる座標軸がないんですよね。
 私は子供の頃、勉強ばかりしている子だったのです。スポーツなんて勉強の邪魔だ、スポーツやる奴はバカだ、ぐらいに思っていたのです。だから、こう見えても成績は良いほうだった(笑)。しかし、成績がよいことを理由に、嫌なことから逃げる傾向があった。まあ、登校拒否の元祖予備軍みたいなものだったんです(笑)。
 昔の子供は、いつも戦争ごっこみたいなもので、相手をやっつける遊びをしていましたよね。それがよかった。我々の子供の頃にもそういう遊びはあったけれども、十分ではなかったように思います。

 それで、今、ヨットスクールの訓練メニューを考えて行くなかで、自分の子供の頃を振り返ってみて、あそこは失敗したな、と思う所を反省しながらやっているような部分が結構あるのです。柘植さんの場合、やはり、武道や水汲みで基礎体力を養ってこられたのがよかったんだと思います。ヨットスクールでは、基礎精神力の重要性を強調しているわけですが、その基礎精神力を養うにも、やはり、最低限の基礎体力がいるわけですからね。
 砂上の楼閣というか、骨がぐにゃぐにゃな生き物に、強靱な筋肉をつけてみたろで何にもならないように、脳の基礎がしっかりしていない子に、大脳を強くさせようとしてもダメです。そこが今の教育の間違いなんだと思います。

(平成6年3月17日 木曜セミナーにて)