元祖お助けスクール 戸塚ヨットスクール"事件"十年目の真実

辻 創(教育運動家)


──異常な過熱報道下の裁判で戸塚校長に言い渡された判決は、懲役三年、執行猶予三年という「かぎりなく無罪に近い有罪」。お助けスクールとしての功罪とは何か? 事件の本質はどこにあるのか? 直接、氏自身に聞いてみた──

[別冊宝島183号『「日本の教育」改造案』(1993年8月発行)収載原稿]


 自閉症や登校拒否、緘黙、非行、家庭内暴力、校内暴力など、いわゆる問題行動を起こした子どもたちのための居場所、民間「お助けスクール」施設・私塾は、文部省統計によれば全国で二百七十数カ所に及ぶという。

 その「お助けスクール」の元祖、草分け的存在がかの有名な戸塚ヨットスクールである。今からちょうど十年前の昭和五十八年夏、異常な過熱報道のさなか、戸塚校長以下コーチ数名が生徒への傷害致死容疑、監禁致死容疑で逮捕、拘禁された。九年にわたる公判を経て平成四年夏、名古屋地裁は結審。マスコミの期待に反し、戸塚校長に言い渡された判決は懲役三年、執行猶予三年という「かぎりなき無罪に近い有罪」であった。

 同スクールはひところの華々しさは当然影を潜めたものの健在で、ヨットでなくウィンドサーフィンの講習を主に現在も活動中である。戸塚ヨット"事件"の本質はどこにあるのか。お助けスクールとしての戸塚ヨットの功罪とはいかなるものか。これらをじっくり考察するため、私は三河湾に赴き太平洋の潮風のもと戸塚宏校長から直に話を聞いてみることにした。

 戸塚ヨットスクールの所在地は愛知県知多半島のなかば、東海岸の美浜町。周りには人家が立ち並び意外にひらけたところである。海に面した好適のロケーションに映る白い三階建てが同スクールの合宿所ビル。昔は料理屋だったこのビルは経営者が夜逃げして空き家となり、スクールが地元に請われて買い取ったものという。

●職人こそ男の本懐●

 戸塚校長は日焼けして精悍だが、マスコミが烙印した「鬼のトツカ」とはまるで正反対の、小柄で人なつっこい笑みをたたえた穏やかな人物。風情はまさしく職人である。本人は香港を旅したとき魚屋と間違えられた経験もあり漁師と見てもらいたいようだが、敏捷な造園師か鳶職というのが私の印象。地下足袋を履き腰に手拭いをぶら下げればピッタリするくらい、職人気質を全身ににじませている。

 職人に見られるのは光栄ですね。会社員は会社辞めたらただの人やけども、職人は自分そのものについた技術を持っとるからね。どんな高齢でも仕事をやれるし、成り上がろうともせん。職人というのはタチが悪いと徹底的に悪く、人間ができとると徹底してできてますね。職人の自信の強さは表面に出る態度の一つひとつに表れとるもんね。職人こそが男の本懐やね。いい仕事する職人はみんな、いい顔しとるでしょう。あんな顔に自分もなれるのかなあ、と思いますね。

 この職人、戸塚校長の仕事場は海の上である。

●山は母性的自然 海は父性的自然●

 戸塚ヨットスクールを論ずる際、絶対に忘れてはならない最大のポイントは、同スクール(の生徒たち)が取り組む相手は水であり海だということだ。水は人間が生きるのに必須不可欠の要素だが、同時に人間の命を簡単に奪う実に恐ろしい物質でもある。例えば風呂に入り頭をすっぽり水中に沈めてみるとする。その瞬間、一切の物音は消え去りまったく別の世界に閉じ込められた自分を感じてしまう。息ができないからその状態はいつまでも続けられない。思わず頭を水面から上げると元の世界に戻れて「ああ助かった」。つまり、こんな風呂の水程度でも人を溺死させることは十分にできる。その水が、無尽蔵に集積したところが海である。背丈の何倍何十倍もある深さを持ち、しかも強い風や高い波、低い気温といった悪条件を備えた海。人間にとってこれほど危険で恐ろしい場所が他にあろうか。この海が、ヨットスクールの訓練の舞台なのである。

 同じ自然でも山には海の怖さはない。近年、登校拒否児が山村の自然に囲まれ農作物や家畜の世話をする集団生活を通じ自主自立の気概を持てるよう仕向ける、という試みが日本中で数多く行われるようになった。こうした「山型お助けスクール」は、もちろんこれはこれで好ましい存在だが、ここでの自然とはあくまで人間にソフトに接する調和的な自然にほかならない。ヨットスクールが相手にする凶暴で荒々しく人間に敵対的な自然とは対照的である。同じように「自然の中の教育」と表現しても、中身はまったく違う。山が母性的自然なら、海は父性的自然と言えようか。

 朝日(新聞)なんか山奥が好きやからね。ここにこんな素晴らしい先生がいて理想的な「ふれあい教育」を展開して大きな成果を上げてます、なんて書く。こういうのは精神の安定は図れるかなという気はしますのでね、精神が安定することによって助かる子はある程度助かるだろうとは思います。風邪ひいたから休ませるという方式だから。暖かくして栄養つけて。体の弱い子を保護してとりあえず風邪をなおそうというのは間違いじゃない。だけど、また風邪ひくよね。弱さそのものはなおしてないんやから。われわれは、そこを強くして二度と風邪ひかんようにしようとしてるわけ。こっちのほうがホントのやりかたなんです。で、ホラ行け、いうて海へ出しとるの。マスコミの論調がけしからんのはね、ダブル・スタンダードなんや。田舎で母性的にというやつ、あれは成功例ばっかり言うのね。ウチのは失敗例ばっかり言うんやから(笑)。おしなべたらウチはダンチに成功しとるのに。

●海という極限状況の中でこそ●

 戸塚ヨットスクールの一日の訓練は昔も今も、ヨットでもウィンドサーフィンでも骨格は同じである。午前中八時から正午までと午後一時から五時まで海上で帆走訓練を行なう。「一口に言えば、子どもをヨットに乗せて沖へ連れ出し、孤立無援で海や風という自然と闘わせることによって精神力を鍛え、やり遂げた満足感により自信をつけさせようとするのが私どもの採用している方法なのであります」(第二回公判での戸塚被告人の冒頭陳述より)。この方法で同スクールは過去多くの「情緒障害」の子どもたちを治療し回復させてきた実績を持つ。現在のサーフィン訓練がかつてのヨット訓練と違っているところは、訓練生たちのサーフィンに常時モーターボートが一艘以上張りつき、口頭での指導と事故を防ぐための管理を入念に行なっていることだ。もちろん昔も監視はしていたのだが、遠くから双眼鏡で様子を見るというやりかたが多かった。これだと、ヨットが転覆してもすぐには救助に来てもらえないから、訓練生は必死で自身の自助努力に励まねばならなかった。だから今の訓練体制は、かつてよりずいぶん"過保護"になっているわけである。

 ウチがヨットスクールとして成功したとするならばね、ひとつはヨットそのものによるんですよ。当時、子ども向きスクールもやりたくて始めたんですが、誰しも考えるのは子ども向きのヨットを作ることね。子どもなんだからこれくらいしか乗れないだろうという。つまり帆が小さくてひっくり返りにくく力もいらないヨットね。で、どうもそれは逆のような気がしてね。というのは子どもと一緒にやっていると彼らのほうが丈夫やから。回復力は早いし敏感だし。アイススケートなんて子どもの頃からやらないと大人になってからでは遅いんやから。だから、逆のヨット作ったれい、いうて。大人じゃ絶対乗れんというヨットを作ったわけです。

 もうひとつ大事なのはね、ひとりで乗せんといかんということなんや。自分だけの力で操作させる。それで条件を全部一緒にして、帆走して比べてみたら力量の違いがわかるやないか、と。こういうふうにしたのが成功したんだと思います。ひっくり返りやすい操作の難しいヨットで、それを自分ひとりで乗り切って、人に勝たなあかんということね。ここが、現代社会において子どもが失っていたものをドンピシャに補充しちまったんですよ。


 海で施す訓練は、いつでも死と隣り合わせになっている。この極限の局面に立たせて子どもの生きる力を喚起することが戸塚式教育法の要諦だが、同時にこれはきわめて危険な冒険でもある。しかも、同スクールが扱ってきたのは普通よりもずっと事故を起こしやすい、脆弱で心身の不安定な子どもたちだ。そこで、危険回避のための判断力や体力を養うのに体罰を含めた厳しい指導をかつてはしていたのだったが……。

●死に対するエモーショナルな反応●

 われわれは死んだ子どもたちに対して新聞に報道されていたような無茶苦茶なことをした覚えは毛頭ないわけ。あの子たちは、これはヤバイぞ、という子どもたちなの。そこでコーチたちに、やらんほうがええ、と盛んにいっとったの。コーチは生真面目やからね、どんな子にも何とかしてやろうと、そんなふうに考えちゃうわけ。で、いわゆる戸塚式シゴキというのをやるわけ。やめとけやめとけ、いっとったの。あれはあまりにも弱いで、と。最初はね、逃げて帰るだろう、というところから始まったの。ちょっとトレーニングきつくしたれ、体操さしてやりゃ絶対帰るから、と。ところが、現実を知らんのやね、子どもが。「頑張ります」なんて言いだすんや。頑張れるやつがガンバリマスいうのはいいんだけども、頑張ることさえできんやつがそういうて。目をキラキラッとさせてね。われわれは考え込んじゃうわけやね。それで、あの子は大事に扱わんといかん、無理させたらあかん、いうて真綿にくるむようにするわけです。それでも死んじゃったんや。

 そこでね、よう考えんといかんのや。どうしてそんなことくらいで死んでしまうのかと。環境がえらく変わってしまった。寒さがあった。水に濡れる。運動させられる。周りの雰囲気がぜんぜん違う。そんなことくらいで死ぬほどヤワになっとったのか、と。だから、死んだ本当の原因をきちんと究明しておいてやらないと、その子は死んでも死にきれんと思うよ。一番いかんのは「殺したんだ殺したんだ」と結論づけてしまうことやね。おまえが悪いから、おまえが叩き殺したから、というような短絡的な結論です。これでは子どもは死んでも浮かばれんやろうね。


 私はいつも思うのだが子どもの死、とりわけ教育的行為がらみの子どもの死に対する、日本人のエモーショナルな反応ぶりは度を越している。こう書くとすぐさま「死んでもいいというのか」との声が聞こえてきそうだが、こうした声自体まるでエモーショナルではないか。子どもは死なないほうがいいし、子どもの死が痛ましいのはいうまでもない。しかしそれが「あってはならないこと」だとしても、たびたびあるのが人間社会の現実であり、その死はあくまで冷静に受け止めたほうがいい。死について騒ぎ立てることは、往々にして死を巡る事実関係を見えなくするだけである。

 もともと身内や当事者でない市民にとって他人の子どもの死は、気の毒だと同情すべき事柄には違いないにせよ、大騒ぎする必要などないはずだ。その死の周辺を追及するのであれば、むしろクールであるべきだろう。にもかかわらず、教育に関連した営みの中で子どもが死んだとき、とくにマスコミや教育評論家、進歩的な人びとがことさらエモーショナルに反応してみせるのは、彼らが自らのいい人ぶりを他人にも自分にも誇示したいゆえばかりではない。権力側対反権力側というずさんな二者択一論で世の中を解釈する戦後民主主義イデオロギーを、子どもの死をまさに奇貨として、正当化し振りかざそうとする意図が(意識しようとしまいと)こうした人びとの胸中にあるからなのである。

●過失致死事故が「殺人」になるとき●

 戦後民主主義とは厄介な代物で、民主主義を標榜しながら戦後民主主義以外の考え方はすべて誤りとして排斥する、反民主主義的な、ファシズムと呼んでも差し支えない偏狭な思想なのだ。このイデオロギーが教育の磁場で子どもの死を感情を交えて解釈するとき、過失致死や事故死は「殺人」へと仕立て上げられてしまう。いつも特定の個人(必ず大人)が殺人者呼ばわりされて魔女裁判にかけられ、検事と判事を兼ねたマスコミが勝手に有罪を宣告するにまで至るのである。

 傷害致死という名目も問題になったんです。傷害致死とは故意罪やないか、と。故意というのは犯意があったということだから、あの子らを殺してわれわれにどういう利益があるのかそれを説明してくれ、聞いたのね。彼ら検察官は基本的に民主主義というのを知らんもんで、故意罪と過失をごっちゃにしちゃうんですね。故意に犯罪を犯すというのは、それによって何らかの利益を得ようとしとるんだから、その利益の説明ができんといかんのね。それができんじゃないか。だからこっちは無罪を主張しとるんやから。最初から業務上過失致死で訴えられてるのだったら、われわれはOKいうとったの。そう思っとるんだから。誰がやっても死んだかもしれんけども、われわれだって完全にわかっていたわけではないし、確かに過失はあったんだからね。経験則でいっとったんやから。こうすれば、こうなる、という。ところがその経験則があの子たちには当てはまらなかったのは確かでね。その部分は責任とらんといかん、それは最初からいっとったんですよ。ところが新聞のバカが「犯罪者だ」なんて書き立てるもんだから、なにを! ということになるのね。

 こんなふうに、すぐ腹立てるのがいかんのやけど(笑)。


 あたり前だが、戸塚ヨットスクールに入校してくる生徒はひとりとして戸塚校長らがそこらあたりで勝手にかっさらってきた子ではない。すべて親のほうからスクールに依頼し同時に親権も委託しているのである。そして、ほとんどのケースがあらゆる相談所や施設を巡り歩いたあと、スクールの門を叩いている。親にとって手のつけられない重症の家庭内暴力児や自閉症児をなおしてもらう最後の頼みの綱が、戸塚ヨットスクールであったわけだ。

 フェリーから海に飛び込んだ二人の子ども。あの件はね、何がひどいかといって、断ったんや。危ないからいうて。九月に入ったらやるから、八月は勘弁してくれ、いったの。そんな弱い子どもが来ていきなりあんな鹿児島の合宿へ連れていって、向こうでどういうことが起こるかもしれんし。ただ、船から逃げだすところまでは想像しなかったけどもね。充分なトレーニングもできん。だから、今はダメです、いうて断ったんや、二人とも。それを無理矢理入ってきたんや。ともかく何とかしてくれ、それこそ「死んでもいいから」というような言い方でもってね。

 ふつう私たちは、親子関係というと情愛で結ばれた暖かくうるわしいイメージで語りがちである。しかし、実態はそういったものを捜しだすほうが難しいところにまできている。ヨットスクールでの子どもの死亡記事が出た日、我が子を入校させたいと希望する親からの問い合わせ電話が相次いだという当時の現実は、今、変わらないどころかますます深刻化しているのだろう。

 ひとつわかったらんといかんのは、親が情けないとか社会が悪いとかということはあるにしても、とにかく親が自分の子どもに対してそれほどの気持ちにまでなるということやね。この前、高校の先生が自分の息子を殺しちまった事件があったでしょう。オレはね、親のほうに同情するね。あの子どもたち見とると、自分だってどうなるかわからんという気になるな。動物的なんていうよりね、動物は親を殺そうなんてしないんやから。親を殺したら自分が生きていけんから、動物はそんなことはしないよね。それが本能なんです。ところが、殺そうとまでするのは人間だけなのね。本能が狂った人間だけなの。

●理論的裏づけとしての「脳幹論」●

 逮捕から保釈されるまで三年余の長きにわたる拘留生活のなかで、戸塚校長はノーベル賞学者コンラート・ローレンツ博士の著作に出会う。そして同博士の動物行動学を中心に脳生理学や仏教に関する多くの書物も参考にして、ヨットスクールが実践してきた情緒障害児回復のメカニズムの理論的裏付けを試みた。その結論が「文明病のすべては脳幹の虚弱に原因がある」という仮説、すなわち「脳幹論」である。理性的思考をコントロールするのは大脳新皮質だが脳幹は精神の素(もと)を作る、だから脳 幹が肝心だ、とする推論だ。

 ウチに来た子どもたちのいろいろ事情を探ってみると、例えば登校拒否にしてもいきなりそうなるのではなくて、その前段階で何らかのかたちで心身症が出ているのね。心身症が出て、問題行動つまり登校拒否とか非行とかが出て、それが神経症になっていくわけやね。つまり、心身症、問題行動、神経症というのは、その順番でまったく同じ理由で起こってくるということになる。逆にいえば、問題行動をなおす方法は、心身症と神経症をなおす方法でもあるわけです。だから四の五のいわんでいいから、対人恐怖症とか強迫神経症とかをとにかくなおしてみせろや、と。

 それが一番なおしやすいはずだから。逆からなおっていくんだから。あるいは、アトピー性皮膚炎をなおしてみせい、小児喘息をなおしてみろ。そういうものがなおる方法だったら非行もなおる、というわけです。著書『敵は脳幹にあり』には「花粉症と非行は同じ原因で生じる」と。ホントは花粉症ではなくて癌と書きたかったのですが、まあ医者と喧嘩したらいかんと思って(笑)。


 戸塚校長は、そもそもエモーションという英語が「情緒」と和訳されたのは間違いで、正しい訳は「情動」だと述べる。情緒といえば理性的で高級な働きのようにイメージしてしまうが、正しくは情動、すなわちエモーションは理性でなく本能のランクにおける感情を意味するわけだ。従って、情緒障害(情動障害)は即「本能がおかしい」のであって、これには理性的な言葉は役に立たない。情緒障害をなおすには本能そのもののトレーニングが必要だ、と戸塚校長は強調する。

 昔、男の子たちは山へ行ったり川で遊んだり、かなり危険なこともしとったでしょう。あれが本能のトレーニングなんですね。理性では説明のつかない行為なの。じっとしているほうが安全だし腹も減らんしね。怪我をすることも死ぬこともない。親や他人に怒られることもない。それなのに子どもは遊ぶんですね、本能的に。だからあの行為は何か意味のあることをしているのに違いない、ということです。川に橋がかかっていて、という状況でね、向こうに行くだけだったらそのまま通れば安全に早く行けるでしょう。ところが、子どもは欄干を歩くということをやる。これは理性のなせるわざじゃありませんね。生きるか死ぬかの状態を経験して、最後に生きるということ。危険をくぐり抜けて勝利するという訓練を毎日のように経験しているわけやね。まさしく本能のトレーニングなんです。

 文明が発達したおかげで現代人は安逸なぬるま湯に浸りきってしまい、子どもは外で遊ばずもっぱら保護された環境に置かれることとなった。人間の使わない筋肉や脳の細胞は負荷がかからないためどんどん萎縮してしまう。こうした不用性萎縮が脳幹や辺縁系に起こったケースがいわゆる情緒障害を引き起こす。とすれば情緒障害を治療するには脳幹や辺縁系に刺激を与えてこれを活性化すればいい。その活性化のための具体的方法が脳幹トレーニング、すなわちヨットやウィンドサーフィンの操作、またボードセイリング訓練というわけである。

 この戸塚校長の脳幹論はあくまで推論であり医学的に実証されたものではない。しかし脳幹論が正しいかどうかをうんぬんするより、ヨットスクールの数多くの"臨床例"から帰納法で導き出されたこの論の、「人間とはあくまで生物体であり動物の一種である」という当たり前だが忘れられがちなリアルな人間観に目を向けるべきであろう。それこそローレンツはカントの認識論を手厳しく批判しているのだが、カント以降の近代化した考え方はいつも、人間性を特徴づける理性的な行動を高級なものとし動物的な性向は低級であると決めつけてきた。とくに日本の戦後民主主義はその基本にマルクス主義弁証法を据え、「話せばわかる」という性善説を推し進めてきたことから、人間性が動物的な本能の基盤の上にある実相を無視して、あたかも人間の理性が万能であるかのように錯覚してきた。「近代行動学の父」ローレンツのいわば辛口の学説が、サイエンスの世界では常識になっているにもかかわらず、未だに日本の一般社会に浸透していないのは何とも残念な話といえよう。

●戦後民主主義が生んだエゴむきだしの子どもたち●

 脳幹論でもうひとつ注目すべき点は、この論がこれも忘れられがちな「俎上にのぼせるべきは自分であり自分自身が変わらなければ何も変えられない」という古くて新しい真理を押さえていることである。戦後民主主義はこの真理とはまったく逆に、人が問題に直面した場合その原因を常に社会や為政者のせいにすることを一貫して奨励してきた。今や糜爛した戦後民主主義は、結果として、フラストレーションに満ちた人びととエゴイズムむきだしの子どもたちを生み出しただけではなかったか。

 ヨットでアメリカへ向かって太平洋を横断するときにね、伊勢湾出たとたんに後悔するわけ。やめときゃよかったな、と(笑)。しょっちゅう、ヨットは揺れまくるしね。メシは食えんし。クソしょうと思ったら誰か見てやがるし(笑)。一緒にいる先輩というのはわがままやしね。もう帰ろかなあと思うわ、必ず。ところがね、いったんアメリカまで渡っちゃうとね、何かこう開き直るわけ。この開き直りがええのね。日本を出る時点ではあの人は立派な人やと思っとったのが、向こうへ着いてみると、何やあの人は大したことないなというふうに思うわけ。つまり人を見る目ができてくるんやね。そのとき気がついたんです。価値判断というのは自分との比較なのね。通常はね、ホントの自分を知らんわけ。実際よりもいい理想像を作っているわけ。インチキの像をね。ところが、ああいう生活を経験すると、もうまるまるの自分というものがわかるわけ。あのとき自分は怒ったけれども何であんなことくらいで怒ったんだろう、なんて今まで見えなかったものが洗いざらい出てくるわけ。ということは、裸の自分がわかってくるんですね。その裸の自分と比較して、相手が偉いか偉くないか本当のところがちゃんと見える。価値判断のモノサシ、それは自分自身ということ。モノサシである自分を伸ばしていけば、より大きなものが測れることになるのね。このことにみんな、気がついてほしいと思いますね。

 現在、戸塚ヨットスクールでは訓練生はマキシマム十人を定員にしている。体罰は行なっていない。今なお入校問い合わせは後を絶たないが実際に入校に至らないケースもけっこうある。戸塚校長は月一回以上は講演にでかけ、東京や九州へ飛ぶこともある。裁判はおそらく最高裁までいくだろうという。

 ヨットというのは単に手段にしかすぎないんであってね、われわれにとっても彼ら生徒にとっても。だけれども、ヨットがうまくなることによって何か得るものがあるんだから。それを得るためにヨットを完走させなきゃいかん。そのときに技術つまりソフトウェアの面と、脳のトレーニングというハードウェアの面との、両方ができないといかんのですね。ありがたいことに合宿生活というのは、今みんなが弾劾するイジメから何から不愉快なものが全部あるんだから。メシはとられるわ、うしろから蹴飛ばされるわでね。こんななかから、人間とはこういうもんだということを子どもは知るわけで。子どもにとってのすごくいいチャンスになるわけです。

 戦後民主主義という海原に小さなヨット船団を乗り入れ、波に呑まれてこっぴどい目に遭った戸塚宏校長。だが、この無類の楽天家は、性懲りもなく今日もヨットを動かしている。



筆者紹介…辻創(つじそう)1949年京都府生まれ。現在京都で会員制の鶏料理店「ANDANTE」を自営するかたわら、教育と学校を考える市民運動「脱学校講座」を主宰。著書に『父親主義』(宝島社刊)『父親のしつけ七つの実践』(草思社刊)