「ういんど」第16号(その1)

2000年1月1日発行




あけましておめでとうございます

戸塚 宏

 本年は賀状を出さず、誌面にて挨拶させて頂きます。ご容赦ください。しかし、来年はその分を2倍にしてご報告できるのではないか、という予感の感じられる新年の幕開けです。
 昨年はついに『学級崩壊』という事態に至り、もはや「教育」の問題ではなくなって参りました。「教育」を受けることを拒絶する子供達に「教育」などできません。我々の「脳幹論」はまさにこの状況に応えるものです。
 「支援する会」の会長である石原慎太郎氏が都知事となり、教育改革を唱え、機会あるごとに戸塚ヨットスクールの理論を公言して頂いております。我々もそれに応えるべく努力しておりますが、まだ時間がかかるものと思われます。
 皆様には十数年の長きに渡り、ご支援を頂いて参りました。今年こそそのご恩に報いる元年とする所存です。
 本年もよろしくお願い申し上げます。

平成十二年元旦


いつでもご連絡を

東京事務局 延武 眞美(えんぶ まみ)

 昨年6月、「支援する会」の専従スタッフとして赴任致しました。(理事である潟eイケイの高花会長のご厚意により、出向という形で自由に活動させて頂いています。)
 私の仕事は"情報センター"になることです。そのためにホームページを充実させようとしています。また、校長の話を聞き、支援者に会い、弁護士に会い、合宿所にも度々顔を出してはコーチや訓練生を見たりもしています。おかげで短期間に戸塚ヨットの生き字引になることができました。
 最近では、都議の土屋氏や田代、古賀氏などのご協力を得て、東京都の教育改革の一端を担えるよう、働きかけたりもしています。もちろん、講演依頼や取材の受付、入校相談も行います。当事者の悲痛な叫びを耳にする度に、遅々として進まない教育改革に焦りを感じることもあります。
 あっと言う間の半年でしたが、たくさんの出会いを通し、いかに多くの人が戸塚ヨットスクールの教育法を必要としているかを、身にしみて感じました。日本中の教育問題に悩む人が1人でも救われるよう、これからも頑張って活動して参ります。
 今までは、事務所との連絡がつかずに、色々とご迷惑をおかけしたこともあったかと思います。今後は私が待機しておりますので、お気軽にご連絡下さい。また、お近くにお越しの際にお立ち寄り頂ければうれしく思います。
 どうぞ、よろしくお願い申し上げます。



言葉で野火を!

東京事務局 横田 建文

 東京で毎月開いている「戸塚宏の木曜セミナー」は、今年で12年目を迎えます。既に90回を越えたのに、いつも新鮮な感動と発見があります。どんな有名タレントや学者でも、これほどの数の講演をこれだけの水準で維持することはできないでしょう。汲めども尽きせぬ「人間の井戸」が戸塚ヨットスクールにはあると思います。
 最近、そのセミナーの常連さんや支援者の方々の手による講演会が各地で開かれるようになりました。これは素晴らしいことです。こうした集いで、松明(たいまつ)から松明へ火が移るように、戸塚ヨットの真実が伝われば、それはやがてりょう原の火となるでしょう。そして、その火によって、自分達にとって都合の悪い事実を伝えようとしないマスコミを包囲したいものです。
 教育は、身近で、日常的で、しかも国家存亡に関わるテーマです。今、この国の教育崩壊を止めるには、戸塚ヨットの方法論しかない、と私達はまず言葉で発するしかありません。どのような歴史的事業も、まず言葉で始まったのですから。

*        *

 今年は、映画上映、出版、大講演会等が計画されています。専従スタッフの延武眞美さんが悲鳴をあげる忙しさになって欲しいと願っています。



戸塚校長長女 淳子ちゃん

♪ 結 婚 お め で と う !! ♪

 はじめまして。本来なら皆様のもとに、きちんと報告がてらお礼に伺わなくてはなりませんが、ご無礼をお許し下さい。この場をお借りして、ご報告させて頂きます。この度、私達は平成12年1月1日に婚姻届を出し、1月8日に両家親族の方々の前で結婚の誓いをすることができました。
 相手の方は…。朝は仕事前、夕方は仕事後に、波があればサーフィン、風が吹けばウインド。何もなくてやっと遊んでもらえるかな?と思いきや、釣り、というほど海が大好きな、内田城英さん(33歳)です。ここまでくると、私と海とどっちが大事かなどとは怖くて聞けません。でも、自然に対して尊敬の念を忘れない、すばらしい人です。
 そんな旦那様と御前崎の大自然に囲まれ、私は今とても幸せです。父は、大きな我が家(借家ですが…)を見て、「春には御前崎で合宿ができるな」と言っていました。
 ここには美味しいお魚・温泉・海水浴場などもあります。皆様も是非、観光がてら遊びに来て下さい。

(内田 淳子)


1999年を振り返って

戸塚 宏

風が変わった

 今年は何かしら上向いてきた感じのする年でした。名護市長が革新から保守に変わったというところから始まり、太田知事が破れて、沖縄県知事も革新系ではなくなってしまった。東京では石原慎太郎さんが都知事になった。うち(戸塚ヨット)に対する見方も少しずつ正当になってきたように感じます。

新天地・沖縄

 沖縄にはもう10年近く行っていますが、やっと念願のいい場所を手に入れました。岬一つ分です。しかもうちが手に入れた土地の先に、うちしか使えない名護市所有の土地があるんです。だいたい5千坪くらいでしょうか。ここで割と少人数、百名以内くらいを相手に合宿所をやりたいと思っています。
 岬の一番高い場所が標高22〜3メートルの所ですが、ここに家を作る予定です。逃げないように皆を見下ろさないといけませんから(笑)。そして12〜3メートルの高台みたいな所にゲストハウスを作ろうと思っています。皆さんが来られた時に泊まって頂く所です。広場になっている所を合宿所にします。ここから三方の海に出て行けます。1つの砂浜が5百メートルぐらい続いて、もう一方の砂浜は3百メートルぐらい続く。きれいな砂浜なんです。
 取り敢えず場所は確保しましたから、これからゆっくりと計画を進めていきます。来年あたり、いよいよという感じがしています。

問題児を生むインテリの母親

 最近新人が1人入って来ました。
 16歳なんですが、生まれつきという問題もあって、性格がかなり暗く消極的、その代わりむちゃくちゃ頭がいいんです。この性格と秀才が重なると問題で すね。
 小学校の頃から既に問題が起こっていたようです。ただ小学校の間はまだ登校拒否まではいかなかったらしい。ただし友達は1人もいない。それでも学校が無理やり友達を作ってくれるもので、その人達は何とか付き合ってくれていた。しかし、それも長続きはしませんね、付き合っていても面白くないのだから。そのうち母親と姉としかしゃべらなくなる。父親とはもうその頃からしゃべっていません。中学校になって完全に登校拒否になり、それからは全然学校に行っていない。ただ、試験を受けるととんでもなく成績がいいと言っていました。
 その子の父親は内科のお医者さんです。母親は典型的なインテリ女。確か父親が最初にインターネットか何かで連絡してきた。もう半年くらい前ですね。見学したいと言うんですが、それに母親が大反対したんです。父親はもう入校させるつもりで、離婚してでも子供をうちに入れさせると言っていた。そう言いながらなかなか行動には移せないんですが…。結局、父親だけで取り敢えず見学に来ることになった。すると、なぜか母親もついて来たんです。
 ああいう母親はすぐ怒るから、怒らせないように気をつけるつもりでした。ところがしゃべり出したらこっちが怒ってしまった(笑)。自分のことは棚に上げて、お宅はどーのこーのと、うるさいんです。どうにも我慢ならないんで、「あなたは自分の子供の話をしに来たんじゃないのか、わざわざお金と時間を使ってうちの心配をしに来たのなら帰ってくれ」と言ってやった。案の定、怒って帰ってしまいましたが、どうもそれが良かったようです。今まで彼女が相談に行っていた所は皆彼女を甘やかしていたんです。「お母さんのおっしゃる通りです」と言って。そして何も解決してはくれない。
 彼の母親を見ていると、やっぱり努力が足りないという気がします。自分の体面ばかり考えているから。その証拠に何か都合の悪いことを言われるとすぐカッとなって怒る。息子のことを言っているのに母親が怒ることはありません。こういうタイプの人は大学を卒業したインテリに結構います。

青春を奪ったカウンセリング

 見学から決断までにはさらに3ヶ月もかかりましたが、父親はやっと母親の同意を取り付けました。そして先日の朝、当人がやって来たわけです。といっても、もちろん自発的に来たのではありません。父親と親戚の人で彼を車に乗せ、何とか連れて来られました。ただ、来る時に安定剤をしこたま飲ませたんですね。父親は医者だし、知り合いの精神科医も同乗させていたようです。たぶん半分眠ったような状態で車に乗せたんでしょう。ところが途中で元気になって暴れ始めたらしい。そこで今度は筋肉注射を打ったみたいです。怖いですよね。しかし着いた時は元気で、「テメー殺してやるから覚えてろ!」とか言って大騒ぎしていました。偉そうに。「殺すんなら予告 せずにいきなり殺せ」と言ってやりましたけど(笑)。
 その子に関して、面白いというか「やっぱり」と思ったことがあります。父親 はお医者さんで母親はインテリ、こうなると誰か頼る時にやっぱり有名な人に頼るんですね。彼は小学校4年の時から、カウンセリングに通っていました。それが崎尾英子さんのところです。NHKの「子供と教育電話相談室」に出ているものすごく生意気な女の人。児童精神科医です。
 彼のように何年もカウンセリングにかかってから、結局うちにくるという子はたくさんいます。小学校の間だったら簡単に直せたはずです。16にもなって母親としか話ができないような子にはならなかった。情緒障害の矯正は本来13歳までが限度だと思っています。その頃に任せていてくれたら…。とにかくもう16歳ですから、小学校の頃に直せたようなところまではいかないでしょう。しかし一人前にはできます。

赤ん坊みたいな16歳

 その子がうちに着いた直後、弛緩剤や安定剤が切れてくると、目が見開いたような感じになり、何だかぼうっとしていました。それでもちょっとやってみようかと、外に出してウィンドサーフィンの組み立てをさせました。すると段々様子がおかしくなってきた。
 だいたい、ああいう頭のいい人間は人に教えてもらうということが大嫌いなんです。フンと横を向き出した。人に教えてもらっているということ自体が大変なストレスなんですね。「俺みたいな偉い人間に向かって」という気持ちです。それから目が段々上を向き出した。次にあごが上がってきた。目が白目になってしまい、そのうちにあごに引っ張られるように立ち上がるんです。そして首がそってきて、目は完全にまぶたの裏に隠れます。ここでドタンと倒れる。
 これでは訓練になりません。仕方がないから皆で合宿所まで連れて帰ります。もう1人では歩けなくなっています。合宿所に帰って座っていると、落ち着いてきたのか元の状態に戻りました。すると突然偉そうなことを言い始めます、「電話をかけさせろ」とか。「だめだ」と言うと「それはおかしいんじゃないか」なんて言い返す、生意気ですよね。
 彼の様子を見ていると、思い通りにならないと興奮し、最後に引き付けを起こします。手も足もけいれんしている。これはもう赤ん坊の状態です。叩いても、いったん収まってしばらくするとまたやりだす。折れそうな体をしていますから、手荒には扱えません。仕方ないのでおとなしくなるまで縛っておきました。そのうちに本人もあきらめたようです。

たった1回の訓練で体温が正常に

 食事する姿もひどい状態でした。薬が切れたせいだと思いますが、食べながら段々頭が横に傾き、最後にばたっと倒れてしまう。次の日医者に見せに行ったら、医者がびっくりした。筋肉の酵素の値だったか、いずれにしても普通百以下、20〜30が正常のところが5万いくらあった。そこで腎臓が心配だということになり、次の日再検査をしました。
 検査の結果はたいしたことなく、まあ徐々にやっていこうというになりました。しかし、その次の日には落ち着いてしまって前の症状は一切なくなったんです。言うことも「ハイ」と言ってよくきくし。いわば『学級崩壊』の状態から、学級が正常に運営される状態まで戻ったという感じです。まだ1週間足らずですが今ではもう何でも言うことをききます。
 ウインドの訓練の方ですが、どうもずうっと風邪気味でして、37度6分くらいの熱が続いているんです。収まってから訓練しようと思っていても全く収まらない。そこでとにかく1度やらしてみることにしました。すると、たちまち体温が下がり、正常になったんです。ただまだちょっと心配ですから、海には出していません。暖かければ違うと思うので、沖縄に連れて行ってから本格的に訓練を始めるつもりです。次回のセミナーでは彼がどれほど変わったかをお話できると思います。

(平成11年11月の東京セミナーより)



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