「ういんど」第17号(その2)
2000年10月1日発行
特集!!
信念をもった大人であれ
大阪府 清瀬 雅弘
先日、「ダイナミックオーナーズ会」のメンバー10人ほどと共に、戸塚ヨットスクールに寄せて頂き、大変いい体験を致しました。
スクールは1983年の事故以来、マスコミに騒がれ、裁判にかけられ、普通の人間だったらとっくにあきらめてやめてしまうような、ひどい状態に陥りました。ところが、戸塚先生以下、コーチの方々は、不屈の精神力でもって、未だにずっと子供達を訓練し続けておられます。その姿に、本当に頭の下がる思いがしました。何が先生方をそこまで駆り立てるのか。それは一言でいいましたら、「信念」にほかならないのではないでしょうか。
今、毎日のように報道される非行少年の問題、大きな社会問題になっています。しかし、いわゆる教育者、その道の専門家といわれる人達は、何もできないのが現状です。私も先生がおっしゃるように、文化人、マスコミ、日教組という輩こそが、現代のこの社会を作ってしまったのではないかと思います。
先生はご講演の際、グレードの高い中間層が日本を支えてきたとおっしゃいました。我々中小企業の社長等、まさにそれに当たるのではないでしょうか。その我々大人が本当にしっかりして、他人の子供であっても叱るというようなことをやっていかなければ、日本はダメになってしまいます。子供をしっかりさせるには、まず我々大人がしっかりすることが必要なのです。
先生方には今後もますますお元気で、1人でも多くの子供達を立ち直らせて頂きたいと思います。本当にそれが10年先、20年先の日本の為になるのではないでしょうか。ご活躍を期待しております。(講演会終了後のあいさつより)
入校して2ヶ月、息子は今?
東京都 T(在校生の母)
息子の脱走騒ぎの際は、ご迷惑、ご足労をおかけして申し訳ございませんでした。
息子が自分から「ヨットスクールに戻る」と言い出した時、私達の選択は正しかったと確信しました。戸塚先生のおっしゃる「自分の能力を発揮する力・精神力」が弱いことに、息子自身が嫌悪感と絶望感を深め、ますます追い詰められていました。スクールに戻ることで、きっと息子自身が救われてほっとしたと思います。
息子を入校させてから、ゆっくりと戸塚先生のご本等を読み、私が持っていた漠然としたスクールのイメージが間違っていることを知りました。そのしっかりとした理論を知り、戸塚先生に助けて頂けたという思いを強くしております。
入校前、私の通っていた所は、問題を抱える子を持つ10人ほどの親のグループカウンセリングでした。半年以上通っても立ち直った人は1人もいません。「親が幸せになれば、子供も幸せになる」ということで、「主人と○○をしました、友人と○○をしました」と1週間の行動を話し合うだけです。テレビによく出ているカウンセラーの方です。
皆さんとお茶を飲み、気晴らしをして帰る。その繰り返ししかありませんでした。「もう子供のことは諦めた。死んだと思っている」と、皆さんがおっしゃいます。でも、私は諦めきれなかったし、苦しんでいる息子を助けてやりたい一心でした。
私がやめた後のことですが、引きこもりの子供を持つ母親が、「最近、引きこもりは他からの働きかけが必要とテレビで放送されていた。うちもどこかの施設に入れようかと思って…」と、カウンセリングの先生に質問したところ、「息子さんが自分から直ろうと思わないなら、無理やり連れて行ってもダメよ」といわれ、諦めたそうです。
息子を入校させる前、「脱走してきて、仕返しされるのが怖い」と話したことを覚えています。自分からスクールに行くなどとは考えられなかったからです。それが、たった6週間で(1度は逃げた)スクールに「戻る」と言い出した事実。これは、行動を強制的にでも変えてやることによって、心が変わるという一例だと思いました。
まだ直ったわけではありませんから、今でも不安がいっぱいです。脱走をやめて河和駅に着き、スクールが見えた時に息子がぽつりといった「ここが嫌じゃないんだよな。僕、自分を変えたいんだ」という言葉を信じて、祈るだけです。
マスコミ人は問題児?
コーチ 村上 光昭
「十年ひと昔」とはよくいわれますが、いわゆる"ヨットスクール事件"は、もうふた昔も前のことです。それ以前と以後とでは、訓練内容も随分と様変わりしました。期間が約3ヶ月から1年以上となり、海上訓練の道具もヨットからウインドーサーフィンになりました。また、朝の基礎トレーニングの量は、以前の3分の1以下になっています。
厳しくとも短期間で卒業できた以前の生徒と、程々ながら長期間訓練を続けなくてはならない今の生徒、さてどちらが幸福か…。きちんと卒業できればどちらも幸福なのかもしれませんが、以前の厳しい頃の卒業生の方が、逞しさの点では勝っているように思えます。
その頃、最も印象に残っている生徒は、登校拒否で入校した小学生の女の子です。私がスクールに来た時は既に卒業し、学校が休みの日だけ訓練に参加していました。当時の訓練はヨットによるレース形式で、彼女の場合は小柄でしたから、よほどの強風でない限り常にトップになることがノルマです。実際、ほとんど毎回トップでした。「かわいい顔して割とやる」どころか、大人顔負けです。トップが取れなければ、負けた回数×千回のスクワットが課せられましたが、彼女は3千回程度を軽々とこなし、ケロっとしていました。
これと対照的だったのが、当時取材に来ていたTVレポーターです。朝の筋力トレーニングに参加し、始まってすぐ床に倒れこんだかと思うと、今にも死にそうな顔をしてあえぎ出しました。しかし、カメラが止まり、「ハイOKです」と声がかかると同時にすっと立ち上がり、何事もなかったかのように歯を磨き始めるのです。それが後日の放送で、「厳しい訓練を身をもって体験」などとしたり顔でしゃべっているのですから、あきれて物もいえません。これはまさしく、入校間もない生徒がサボるためによく使う手口と同じで、家に逃げ帰って、親にあることないこと切々と訴えかける問題児の姿そのものでした。
しのぎを削る訓練生達
コーチ 小杉 信雄
スクールの訓練生は、今年たくさんのレースで活躍しています。
昨年から参加し始めた「スーパー8」は、6〜18才までの子供で競う、全国規模のレースです。対して地元・矢作川で行われるレースは、子供から大人まで一緒に参加する草レースとはいえ、地元レーサーも参加するハイレベルのレースです。
第1回の矢作川レースは、翌週に控えた「スーパー8」の練習も兼ね、Y君(高1)とB君(中3)、S君(小3)が参加しました。レースには地元プロ選手も参加する中、B君が総合3位という好成績を獲得。
そして「スーパー8」では、Y君が高校生の意地でB君を破り、中高生の部2位に入賞。B君は3位、S君は小学校低学年ながら高学年クラスに参加し、特別賞を獲得。まさにスクールの揃い勝ちでした。
矢作川第3回のレースは、第3レースまでY君がトップ。地元選手が、Y君にプレッシャーをかけようと「このままなら1位間違いなしだね」といったところ、「卒業するまでに1位をとってやる」と逆に発奮。「やばい、目つきが変わった」と、地元勢を大いに焦らせることになりました。
初参加した他の訓練生4名のうち、A君(29歳)は気合いが入りすぎ、第1レースでセールを破ってリタイア。M君(高2)は、マストで足をはさんで戦意喪失し、リタイア。K君(22才)は全レース完走し、総合21位。H君(高3)は何をやっているかわからないような状態ながら、何とか完走し、23位でした。
さらに8月27日、今年2回目の「スーパー8」が開かれ、今度はS君とB君がそれぞれの部で圧倒的な兄弟優勝を果たし、Y君も高校生の部でセミプロに混じって3位を獲得しました。
レースに参加するようになってから、訓練生達が活気づいてきました。他のセイラー達とも競り合う中での交流が生まれ、社会性も身についてきました。
昨今、「競争はいけない」とよくいわれますが、競争があるからこそ、子供達は進歩する。これが、スクールで長年子供を見続けてきた私の実感です。
長くつらかった日々
兵庫県 I(卒業生の母)
娘がスクールを卒業して5年、今、彼女も母親になり、ようやく1人の女として安心して見られるようになりました。しかし、この安堵感が得られたのはつい最近です。それまでは、卒業はしてもまだ一人前とはいえず、スクールにもずっとご心配をかけて参りました。
娘がスクールにお世話になったのは、高校1年の秋頃でした。小学校時分はとても頑張り屋のいい子だったのに、中学受験に失敗してから徐々に様子が変わり、悪い友達と付き合うようになりました。今思えば、私がきちんと父親を立てていた時は、家庭内もうまくいっていたように思います。
有名なカウンセラーの先生にも相談しました。ですが「親が変わらなければ…。何年もかけてこうなったんだから直るのにも何年もかかる」と、私達が求めていることの答えは得られません。たまりかねて、すがる思いでスクールに辿り着いたのです。
娘は入校してすぐ、他の生徒をそそのかして逃亡を企て、スクールに大変ご迷惑をおかけしました。それでも3ヶ月後くらいには面会を許され、夫婦で出かけると、「お母さ〜ん」と手を振りながら掛けてくる娘の姿。すっかり明るく健康的になった娘を見て、夫婦とも「もう連れて帰ろう」と思いました。でもその時に校長先生がおっしゃったんです。「今連れ帰れば元の木阿弥、もう次は面倒を見きれませんよ」と。その言葉で、私はつらい決心をしました。
3度目の脱走の後でしたか、コーチが娘に「もう何も考えるな。おまえはウインドサーフィンだけしとけ」とおっしゃって…。この時から、娘はどんどん良くなりました。何かが吹っ切れたんでしょう。
やがて1年が経ち、卒業できるまでになりました。卒業後、また悪い道にそれそうになったこともありますが、校長先生やコーチの方々が救って下さいました。
娘はしばらく、スクールでコーチをさせて頂きました。私にとっては心から尊敬できるコーチの方々の中に、娘が入ることなど夢にも思わず、本当にうれしかったのを覚えています。おかげさまで、その後、ウインドサーフィンの得意なだんな様にも巡り合え、娘は今子育てに奮闘しています。そして、どうしても「我が子は非行にしたくない」といっています。
○ 編 集 後 記 ○
▼夏のキャンプが盛況でした。長野県・木崎湖畔で行った原始仏教の瞑想体験には、30名以上が参加。夏休みの子供達も交じり、湖でのウインドサーフィンを楽しみました。
▼昨年の沖縄に続き、石川県・能登にも合宿所が開設されました。もと海の家だっただけに設備も充実し、夏のキャンプには最適の所です。目の前に広がる海岸は「サンセットビーチ」と呼ばれ、素晴らしい夕焼けが見られます。
▼キャンプ中、4人の訓練生が家族と面会しました。「みんなに許してもらえる自信がない」と緊張の面持ちだったA君(家庭内暴力・29歳)は、家族が揃ってやって来てくれたことにほっとした様子でした。一方、Y君(非行・高1)は、全国大会でも見劣りしないほどになったウインドサーフィンの腕前を、「早く親に見せたい」と大張り切り。10ヶ月前には心労でやせ細っていた母親が、見違えるほど健康的になっていたのが印象的でした。
▼楽しいニュースの反面、脱走が相次いだのも夏でした。幸い、皆見つかりましたが、1人(非行・17歳)だけ、親が引き取ってしまったケースがあります。親も子も1年間頑張るはずが、たった1週間で終わってしまいました。期待できる子だったのに、残念でなりません。
▼毎月、定例のセミナー2回、講演会2回程度、原稿執筆と、戸塚校長は山のような仕事をタフにこなしています。一緒に回る私は、付いていくだけでも大変ですが、これはうれしい悲鳴です。
▼編集の終了直前に発売された『中央公論』10月号で、石原会長がヨットスクールの「脳幹論」について発言されています。改めて、心強く感じました。
(眞美)

(その1)へ