「ういんど」第17号(その1)

2000年10月1日発行





1,000名参加!

戸塚宏・西村眞悟 共同講演会

「報道のあり方を考える」


 平成12年8月28日、広島・全日空ホテルで戸塚校長と西村眞悟氏(衆議院議員)の講演会「報道のあり方を考える――歪められた真実」が開かれました(主催:少林寺拳法連盟基町支部他)。

<マスコミが作った教育荒廃>
――――戸塚ヨットスクール校長 戸塚 宏


 日本の教育を崩壊させたのは、日教組とマスコミです。彼らは「平等教育」「褒める教育」「自由」…と言い続けました。自分達が何を言っているのかも分からずに、です。
 彼らは「人間とは何か」がわからずに、メチャメチャなことを言います。そして、自分達に反対する人々を平気で弾圧します。
 「自由」も「平等」も『創る』ものなのです。もし『ある』ものなら、「教育」など必要ありません。大人と子供が「平等」なら、子供に進歩など不要です。今の子供が成長していないのはこのせいです。
 人間は「進歩する」という宿命を持っています。「自分がダメだ」と知るから、進歩しようという「意志」が生まれるのです。しかし、「褒め」れば(「それでいい」といっているのと同じですから)、子供はもう進歩しません。また、褒められなければ不安になり、「いい子ブリッコ」をしたり、奇異な行動に走ったりします。それが高じて、「サカキバラ」や「バスジャック少年」のようになるのです。ですから、あの子達を作ったのはマスコミです。
 この非常に危険な存在であるマスコミですが、無くすわけにはいきません。では、どうしたらいいかというと、「マスコミ人の人間性を高める」――これ以外に方法はありません。同様に、子供の人間性を高める。これが、今の教育の仕事となるわけです。

<「衰亡」の風に向かって>
――――衆議院議員 西村 眞悟


 マスコミというのは、「号令」で動いています。戦術論でいうと、信長時代の「号令戦法」みたいに非常にレベルの低いもので、「行け」と「止まれ」しかないのです。朝日新聞は、戦前は「聖戦完遂」の「号令」で突き進み、戦後は一転して「反戦平和」の「号令」で突き進んでいるわけです。
 この、自分で自分を説明できないマスコミが、日本に「衰亡の風」をもたらしているのです。この風は一見力強く見えますが、実は稲穂の風のようにぜい弱なものです。
 我々は、「自由」、「人権」、「民主主義」などに流されやすい風潮を持っています。こういうものは、国際政治における一つの「戦略」なのです。「自由」・「人権」が叫ばれる時、背後にどんな「戦略」が隠されているのかを、見抜かねばなりません。
 例えば、我が国が2年前に調印した「地雷全面禁止条約」。これにカナダとイギリスが調印したのはなぜでしょう。この条約は、「地雷を散布した国」ではなく、「地雷が散布されている所を領土とする国が、撤去の義務を負う」というものです。ここが重要です。イギリスは他国に撒いた3,000万発の地雷を葬るため、カナダは自国の不祥事をごまかすために、この条約の美名を利用しただけなのです。そういう条約に、我が国は飛びつきました。
 こういう話はほんの一例に過ぎません。
 国際政治における日本は、イソップ童話の、自分を猟師から守ってくれるブドウの葉を食べてしまう、鹿のような存在です。

*        *

 下品、乱暴、無教養…というイメージで、マスコミは、戸塚校長と西村氏を揶揄しました。しかし、2人は比類ない知性と教養で時代を見通しています。
 「今回の講演会はマスコミに対する宣戦布告」という主催者の方の言葉と、会場を埋め尽くした1,000人の参加者の割れんばかりの拍手が、とても頼もしく聴こえました。(講演の詳細はこちら



新聞は謝罪せよ!

東京事務局 横田 建文

 平成12年6月21日、日本新聞協会が新しい「倫理綱領」を発表しました。

おびただしい量の情報が飛び交う社会では、何が真実か、どれを選ぶべきか、的確で迅速な判断が強く求められている。新聞の責務は、正確で公正な記事と責任ある論評によってこうした要望にこたえ、公共的、文化的使命を果たすことである。

 「自由と責任」、「正確と公正」などの具体項目でも立派なことが述べられています。しかし、「戸塚ヨットスクール事件」という現実になされた報道に照らし合わせると、実に空々しい嘘と詭弁の羅列に過ぎません。

『自由と責任』 表現の自由は人間の基本的権利であり、新聞は報道・論評の完全な自由を有する。それだけに行使にあたっては重い責任を自覚し、公共の利益を害することのないよう充分に配慮しなければならない。

 登校拒否が12万人を突破し、少年犯罪が激増する事態に至っても、社会の木鐸として警鐘を発し、解決策を探るという『責任』を新聞は全く果たしていません。それどころか、問題児の更正に必死で取り組み、答えを見つけた戸塚ヨットスクールを全力で黙殺しています。新聞は、都合の悪い真実を『報道しない自由』を享受しています。

『正確と公正』 新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない。論評は世におもねらず、所信を貫くべきである。

 17年前、「子供をぶつのはかわいそう」という幼稚なセンチメタリズムとあくどい扇情主義により、新聞は戸塚ヨット潰しを行いました。そして、世におもねった報道を洪水のように流すことで歴史をねつ造したのです。

 時、来たり。新聞は今こそ「戸塚ヨットスクール報道」が誤報であったと認め、スクールの名誉を回復する措置を講ずべきです。
 「過ちを改むるに憚(はばか)ることなかれ」




特集!!

教育をもっと「科学的」に

宮城県 高校教諭 斎藤 竹彦

 遠く陸奥の地から、いつも戸塚先生の理論とご発言には注目して参りました。
 思えば、12年前に「アドラー心理学」に基づく教育実践をやってみて、ほとんど効果が上がらなかったという反省の元、常に先生のお考えには共鳴して参りました。
 現在「新しい歴史教科書をつくる会」に所属し、戦後日本人のマインドコントロールを解くべく活動しております。
 しかし、より普遍的な解決策となる「教育理論」が、現在の私達には必要であると感じております。そしてその答えは、戸塚先生のお考えの中に示されていると思います。
 科学的方法の最大の長所である再現性の高さが、今最も教育の現場で求められています。それによって、戦後の教育理論の根本的な間違いから脱却したいものです。
 幸い、宮城県には海もあり、先生の理論を実践できる環境があります。あとは、単なるウインドサーファーとは何が違うのかが理解できればと思っております。また、日常的な教育現場でどのようなことが可能なのかも含めて、是非、先生の現在のお考えをまとめられたご本を著して頂きたいと思います。(電子メール)



死と向き合うスポーツ・ヨット

兵庫県 有働 英司

 私は大学時代ヨット部で、2度ほど悪天候で遭難し、死ぬような思いを経験しています。
 1度目は、須磨のヨットハーバー沖で漁船に救助され、神戸新聞に「無謀ヨット転覆」と大きく報道され、悔しい思いをしました。(我々の責任でみんなに迷惑をかけたのは事実ですが)マスコミというのは事故や出来事を、面白おかしく、事実を曲げてでも大衆受けするように書くんだな、と感じたものです。この時、新聞を始めマスコミの報道を鵜呑みにしては偏った情報をつかまされると、身をもって学びました。「阪神大震災の報道で頑張った」などと言われても、私は決して神戸新聞を許しません。
 また、2度目の遭難では、沈した船にしがみついたまま30分以上流され、疲労困ぱいで、砂利運搬船に激突しかけました。あの時の状況は45歳になった今でも忘れることができません。20年以上も前、戸塚ヨットスクールが問題児をヨットで直そうとしていることを知った時、「やっぱり人間1度死ぬような思いをせんと根性変わらん。それにはヨットが1番手っ取り早く死ぬ目に遭うスポーツやからな」と、一人合点が行きました。
 私の息子も中学生になりました。今まで教育らしい教育もせずにきてしまったと、戸塚ヨットスクールのホームページを見て、反省するところ大であります。(電子メール)



日本を建て直してください

北海道 岸本 武夫

 マルチメディアの発達で、日本社会が限りなく悪くなっていくようで恐ろしい限りです。テレビ・新聞・雑誌・インターネットなど、情報化の波にさらされ、何が真実で何が偽りかを見極めるのが難しい時代だと思います。
 私は石原知事について深くは知りませんが、気骨のある政治家・作家・真のインテリとして尊敬している一ファンです。
 新聞、TV等、必ずしも正しい報道がなされているとは思えません。理想論は評論家に任せ、腐敗しきったこの日本社会を、現実に立て直せる人が早く現れないものでしょうか。政治家に託すには、もう手遅れのような気がしてなりません。
 今日、偶然戸塚先生のホームページを読み、かつてあらゆるメディアで批判に晒された人とは思えないほどの正論に、正直いって驚愕致しました。さらに、信念を貫き、実践し続けておられること、また、非常に現実味のある、理にかなった合理的なものの考え方に、大変感銘を受けました。
 どうぞ今のままのお考えで、戸塚先生、石原知事のような良識ある人々が力を合わせ、よりよい日本社会を目指して力を注いで頂きたいです。
 人間には、何が正しく、何が間違っているか、本能的に見抜く力があると思います。ただ、本音では間違っていると判断できても、損得勘定から建前でしか行動できない人が、大多数なのではないでしょうか。(電子メール)



戸塚教育を全国に

岡山県 安東 壯文

 平成12年6月21日、岡山県シンフォニービルイベントホールに戸塚宏氏をお招きし、講演会が開催されました。
 200人の会場が満員になりました。長い拘留期間と裁判の苦しさを越えて尚、輝きを増す戸塚先生の教育論は、一言一言食い込むように我々の心に届きました。
 昨今の17歳の続発する凶悪犯罪も、知識教育が生んだ当然の結果であり、今、我々大人が反省し、改めるべきを改めないと、大変なことになると気づかせて頂きました。
先生が試行錯誤をされ、理論体系化されました戸塚教育を、早く全国の日本の 教育を憂える人々に聞いてもらいたいと思っています。戸塚教育が全国に普及すれば、必ず日本は変わると確信しております。いや、一刻も早く普及させなければなりません。
 2次会も40名もの参加者が集まり、先生を囲んでの熱気あふれる素晴らしいひと時となりました。



親は子供に期待してよい

新潟県 M(在校生の父)

 最初、息子を戸塚ヨットスクールに入れることには、随分ためらいました。最大の理由は、戸塚校長が常々「スクールに来るのは彼らのような子供ばかり」と発言される、「彼らのような子」に、我が子もなってしまう恐れというか、無念さでした。
 私は親として少なからずプライドがあり、自信もあり、同時に我が子を「ひどい子」とは思いたくない気持ちがありました。「多少困った子」程度の考えでした。ただ、当時の状態は親として許せるものではなく、何とか矯正させたかったのです。
 スクールに我が子を入れることは、自ら父親失格を認めることになります。それは辛いものがありました。
 また、「情緒障害」という言葉も邪魔をしたと思います。息子が情緒障害などという、得体の知れない病気だとは思いたくなかったからです。
 それから、スクールに来る子供は暴力団予備軍のような人ばかりで、そんな所に入れたら、息子が本物のワルになってしまう、そんな心配もありました。
 「戸塚ヨットスクールに来る子はひどい子ばかり」と一般の人は思っています。でも実際は、「目標を見失った子」「自分に自信がない子」「努力できずに投げ出してしまう子」など、普通の子供に今一歩というような子供にも効果的です。過去、そういう子供もたくさん立ち直っているということをもっと宣伝して頂ければと思います。
 「親は子供に期待していい」、面接の時、"支援する会"の人に言われた言葉で、私は入校を決意できました。「子供が戸塚ヨットスクールに行っている」=「立派な親」という図式になれば、生徒は増えますよね。私自身はそう振舞うよう努力します。(電子メール)



思想の深さにびっくり

大阪府 佐藤 武年

 『正論』7月号・「もう野放しにできない少年犯罪に鉄槌を」を読みました。感激したので、感想を書いて送ります。
 私は今の今まで、マスコミ報道通り、「戸塚宏はろくでもない人」と思っていました。今回初めて先生の文章を読みましたが、全面的に賛成です。こんな立派な方が刑務所に入るなんて考えられません。ずっと昔から、マスコミも司法(裁判所、検事、弁護士)もどこかおかしかったんだと思いました。
 今の世の中は、正義の力も悪の力も全て、暴力の名のもとに封印しています(特にマスコミと教育が)。これでは、自ずと悪の力しか残らないのではないでしょうか。
 私には高校生の子供がいます。それがいつも「子供の人権」をいうので、「親に金を出してもらっているうちは子供に人権はない」といっています。子供の人権を認めたとたん、理屈で負け、子供のやりたい放題になるのではないでしょうか。人権を認めなければ、理屈でも決して負けません。
 先生の書かれているように、理性も、自由も、権利も、尊厳も、平等も、すべて創るものだと思います。しかし、世間一般には『世界人権宣言』なるものが行き渡り、あまりの美辞麗句のため誰も文句をいうことができません。無条件に降伏、いや、信頼しています。さらにそれを、マスコミと教育と司法が助長してきたのです。
 先生の書かれた内容は、宗教から神にまで及び、その思想の深さに驚きました。
 政治と宗教は、歴史を見れば分かる通り、ほとんど一体です。宗教のない政治などありえますか。今の日本の政治だって、表面的には政教分離と称し、その実、各政党とも宗教団体と手を握っているではありませんか。共産党は、党そのものが宗教です。
 「褒めると進歩しない」「罪の意識は本能に基づく」「精神の定義を持たない心理学」「インテリには思考力がない」「間違った知識で行動すれば、間違った技術ができる」…。数々の名言、本当に学ぶこと大だと感じ入りました。(電子メール)




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