「ういんど」第19号(その1)

2002年5月1日発行




最高裁、上告を棄却!
            戸塚校長とコーチ収監へ

 訓練生の死に「体罰」が関係しているのではないかとされた、19年前の"戸塚ヨットスクール事件"に対し、最高裁は本年2月27日までに戸塚ヨット側の上告を棄却する決定を下しました。
 これにより、2審判決の通り、戸塚校長と3人のコーチの実刑が確定しました。戸塚校長=懲役6年、可児コーチ=3年6ヶ月、東コーチ=3年、山口コーチ=2年6ヶ月です。
 マスコミの煽動で作り上げられた事件が、このような結果をもたらしたことに、深い憤りと悲しみを禁じ得ません。

*        *

 同年3月29日、校長とコーチ達は収監されました。
 スクールは残ったコーチと卒業生達により、今まで通り運営されます。
 今後は、校長達の早期釈放を求めると共に、戸塚ヨットスクールの教育的成果を世に知らしめていくことが、私達の使命となります。



人間として、子供を守ろう!

「支援する会」会長 石原 慎太郎

 今回の上告棄却を甚だ残念に思います。

 19年前、逮捕された戸塚氏は、3年余の勾留期間中に「脳幹論」を完成させました。「子供達の問題行動は、人間の情動を支配する脳幹の機能低下から起こる。教育荒廃はその結果に過ぎない」という画期的理論です。脳幹論はその後、さまざまな社会現象を見事に解明する非常に確かな理論に発展してきました。

 この大事な時に長い懲役…。
 しかし、戸塚氏はまた、あの超人的精神力で研鑽を積み、更なる大人物となって戻ってくるに違いありません。氏の人間性を知る人なら誰もがそう確信するはずです。

 今、「もう間に合わないのではないか」と思われる所までこの国の教育荒廃は進んでいます。にもかかわらず、そのような危機感が「戸塚ヨットスクールを支援する会」に参集された人々の間でしか共有されない。そのことをこそ私は憂慮するものであります。
 国民を守らない国家など国家ではないように、子供を守らない大人など無価値の動物でしかないのです。私たち一人一人が、人間として、「子供を守ろう。正しい心を取り戻そう。教育を再生しよう」と声を挙げる勇気を持とうではありませんか。





男に生まれた最後の責任

教育を立て直す!

戸塚 宏

 「right」=「権利」は誤訳です。せめて、「資格」と訳しておけば、日本の子供達がこれほどダメにはならなかったでしょう。権利を教える人間が、権利の意味を知らなかったのです。
 では、「民主主義」はどうでしょう。きちんと定義できますか。
 我々は、はっきりとした意味も分からず欧米の文化を押し付けられ、使いこなした気になっていたのです。

宅間守も被害者

 そもそも「教育の目的」は何か分かりますか。大人の側が目的を見失った今、どうして子供の教育がうまくいくでしょう。
 我々日本人は、考えることが苦手な国民です。常に戦略的思考能力に欠けるため、まんまと相手の作戦に乗せられてしまいがちです。教育が崩壊に到ったのは、我々の責任です。サカキバラも宅間守も幼児虐待の親も、我々がつくったのです。本人達だけのせいにして責任逃れをし、真実から目をそらしてはいけません。

哀れな教育の被害者達

 教育は「精神論」に基づいて行われなければなりません。では、戦後の精神論を見直してみて下さい。およそ、非科学的です。その際たるものが、「(人間は)生まれながらにして理性を授けられており…」(世界人権宣言第一条)です。この戯言を頭から信じるという致命的ミスを冒したから、日本の教育は崩壊したのです。「生まれながらに理性がある」なんて、冗談じゃない!理性は「ある」ものではなく、「創る」ものです。
 精神は知・情・意の三つで構成されていますから、教育とは、『正しく(知)、強く(情)、安定した(意)理性を創ること』なのです。今の教育法では「間違った、弱い、不安定な理性」しかできはしません。サカキバラも宅間守も子殺しも、その結果としてああなったのであり、被害者なのです。彼らだってあんな風になりたくはなかったでしょう。彼らは教育の最初の被害者であり、殺された子供達は二次災害なのです。
 真犯人は文部省、日教組、そして彼らの跳梁を許した我々、男なのです。「我々が悪かった」という自覚なしには、教育改革は成功しません。

 私は、獄中で「精神論」の基礎をつくろうと思います。自分が刑務所にいる時間を、少しでも価値あるものにしたいからです。



マスコミの迷妄が生んだ暗黒裁判!

東京事務局 横田 建文

 戸塚ヨットスクール事件には最初から「ボタンのかけ違い」がありました。 まず、登校拒否や家庭内暴力という現代病が激増しているという事実が厳として存在します。次に、その情緒障害児の更生にヨット訓練が驚異的な効果を発揮する、という事実があります。戸塚校長は、その事実を科学的に検証し、そこからより洗練された訓練方法を開発しました。現代っ子の誰にでも通用する画期的教育法です。その教育訓練の過程で、病死と事故死が起きたのであって、「いたいけな子供を親の承諾無しで連れてきて、毎日殴る蹴るの暴行を加えて楽しみ、あげくの果てに殺してしまった」のではないのです。事故を事件に読み違えてワイドショーに仕立てたマスコミ報道は、二重、三重、四重に間違っています。そのストーリーに合わせて完結編を書いた裁判所も大間違いをしています。

誰も本気で子供を守らない!

 現在、年間13万人以上いる登校拒否児はこれから激増するでしょう。家庭内暴力も、親殺しも、子殺しも、バスジャック少年も、宮崎勤も、酒鬼薔薇聖斗も、宅間守も、続発するでしょう。そうなるような科学的理由がある以上、必ずそうなります。
 悲惨な事件が起きるたびに登場するのは、人間常識からかけ離れた解説をする評論家と、精神医学者と、「心の教育が大切です」などと言ってお茶をにごす役人と、教育委員と、おどろおどろしさだけを強調した記事を書きとばして売るマスコミ人と、自分には関係のないことだと信じたくて、真実に目を向けようとしない人々…。皆がそんなことばかりして誰も本気で子供を守ろうとしない!

それでも地球は回っている

 裁判は終わりました。でも、間違いは間違い。懲役6年の実刑判決を言い渡した第二審と、上告棄却でその判決を確定させた最高裁を後世の歴史家は嗤うでしょう。地動説という科学的真理を唱えたガリレイに有罪宣告をした宗教裁判を現代人が嗤うように。

 スクールはコーチ達によって今まで通り運営されます。
 戸塚校長は、獄中から教育再生を訴え続けます。
 「戸塚ヨットスクールを支援する会」も、石原慎太郎会長とともに、戸塚ヨットスクールの真実を訴え続けます。真実だけが歴史の重みに耐え得るからです。

迎合では子どもは伸びない!

東京都議会議員 土屋 たかゆき

 「人間は平等。子どもには無限の可能性がある」――そうした嘘を教育者、政治家がつき始めて随分になる。
 確かに、子どもに無限の可能性があると言っていれば、直面する問題の回避にはなる。無限の可能性があるなら、今やらなければならないことも明日に回して、流行りの歌ではないが、「明日がある」と言っていれば良い。
 教職についている者なら、人間には個性があり、その能力も有限であるということはとうに知っている。そうした前提で、その子の能力を精一杯伸ばすことこそ教育だと私は思っている

"お子様"に擦り寄る大人達

 戸塚ヨットスクールに対する批判が世間にある。世間と言うよりマスコミにある。
 先日、戸塚校長の激励会にニッポン放送などが取材に来ていた。どんな放送をするのか早朝の放送を聞いてみたら、公平な内容だった。近頃の青少年の現状を見ているから、マスコミも変わったと言うより、本当のことを言うようになったのだろう。
 しかし、相変わらず子どもへの迎合もある。今年の成人式は、大人が子ども(?)に迎合して、ディズニーランドで成人式を行う自治体さえ出現した。大人になり切れない子どもに迎合して、税金を無駄遣いしている。
 先日、ホームレスを殺した中学生が通っていた学校の校長は、「これから、生命の尊さ、人権を教えなくてはならない」と、反省の記者会見を行った。「生命尊重」「人権尊重」は随分聞かされてきた言葉だ。確か、戦後の「民主教育」の根幹であったはずだ。その「生命と人権」を尊重する教育によって育てられた結果が、援助交際、校内暴力、家庭内暴力ではないか。

NHKだけが子どもを救えるのか?

 日教組などの教師が「授業が成立しない」とこぼす様を見ていて、自業自得だろうと言ってやりたい。
 彼らは、子どもの多様性を言う。であるなら、問題を抱えた子ども達への対応が何故多様であってはならないのか。
 NHKの教育相談から抜き出てきたような、画一的な回答だけで子どもを救うことはできない。戸塚方式が絶対であるとは言わないが、戦後民主主義の呪縛から、そろそろ脱却する必要はある。

戸塚先生の志を継いで

京都府 活苴對ェツ橋本舗
 津田 佐兵衛

 私は、戸塚先生を心から尊敬しており、今回の判決については大変憤りを感じております。
 物事が行われる時には、その動機が善であるか、悪であるかで、大きく判断が変わってまいります。戸塚先生のなさっていることは、すべて善意から出ている事でありますのに、このような判決を下されるとは…。
 世の中には、色々な間違いや失敗が起きます。しかし、「『過ち』は『過ち』として判断すべきものであり、罪ではない」と、考えます。
 しかし、どう憤ってみても法治国ですから、従わざるを得ません。戸塚先生にはこの上ご辛抱を願い、早く戻って来て我々を勇気づけて頂きたいです。
 また、皆さまのように後に続く方々が、どうか戸塚先生の志を継いで、この日本を良くするためにご協力を願いたいと思います。
 私の住む京都でも、たくさんの友人が、戸塚先生のことを心配しております。その人達を代表して申し上げます。「先生、頑張って下さい」。

(談。名古屋支援集会にて)


早く戻ってもらわないと我々が困ります

福岡県 叶迹吹@小嶋 一碩

 戸塚先生のふるさとは、実は北九州市の八幡です。私は、そこで60年続くホテルをやっておりまして、先生が北九州にお越しになる時はいつも、訪れて頂いています。
 戦後60年、色々な分野で破綻が起こっております。今回のことで、最後の期待をしていた司法も「あてにならない」こともあると実感しました。何かと憤ってばかりおりますが、今回はいよいよです。
 皆様もご存知のように、先生は何年でもお一人で大丈夫な方です。むしろ、我々こそが、先生に負けないよう、しっかりとした考えを持ち、支援を続けなければなりません。
 先生には、嫌でしょうが模範囚になって頂き、早く出て来て頂きたいです。そうしないと、我々の方が困りますから(笑)。
 先生、是非頑張って下さい。我々も頑張ります。

(談。名古屋支援集会にて)


本物の教育に巡り会えた

福岡県 美田 智和・隆子

 私達夫婦は、長男が小学校に入学した頃から、日本の教育が「何か変だ」と感じ出しました。「本当の人間を育てるためには、今の学校では絶対にダメだ」と思うようになったのです。
 そんな中、あることから戸塚ヨットスクールの教育内容を知り、「これだ!」と思って直接スクールに連絡をとりました。当時幸いにも、戸塚先生が月に一回、北九州市の脇田海岸で、ウインドサーフィンのサンデースクールをされていました。私達はすぐに、小学生と保育園の息子3人を連れて行ったのです。
 そこで戸塚宏という人物に触れ、「全く偽りのない真実がこの人にはある、世間一般の教育に対する考え方はあまりにも偽善的で、形ばかりの偽物である」、と確信しました。それからというもの、私達夫婦の子育ては、戸塚ヨット式に一切の甘えを許さない、強い精神力と生活力を養わせるものへと変わっていったのです。
 子供達は夏、冬、春と学校が休みになる度にヨットスクールに強制的に行かされ、戸塚先生やコーチ達に鍛えられたと思います。

私達も応援します

 私達夫婦の子育てはまだ終わってはいませんが、長男が高校生、次男三男が中学生となった今でも、私達の教育は絶対に間違っていなかったと確信しています。子供達も事あるごとにヨットスクールのことを話し、「また是非行きたい」と言っております。
 戸塚先生が収監されて大変残念でなりません。先生が出所されるまで、残された方々のご苦労は大変なものがあろうと心配致しております。どうか皆様におかれましては、健康に留意され、頑張って頂きたいと願っております。私達も陰ながら応援しております。





嵐が去り、曇りのない笑顔に

東京都 木村 眞利子

 平成13年3月26日。私達は息子を車に乗せ、夜の東名高速を名古屋方面に向かいました。車中では「もう悪い事はしない。言う事は何でも聞く。だから家に返して」と懇願する息子。何度同じ事を言えば気が済むのでしょう。しかし、その泣き言も一時間ほどで終わり、車はノンストップで美浜まで。早朝、ヨットスクールに到着しました。
 息子をスクールに入校させるまでには、親としてはありとあらゆる手を尽くしたつもりです。児童相談所、カウンセリング…。しかし、どんな手を尽くしても、息子の態度は悪化するばかりでした。
 「あまり厳しすぎるから反抗的になる」「親が変われば子も変わる」…。どうしてこんなことになってしまったのかと、自問自答の日々。
 そんな時に知ったのが戸塚ヨットスクールでした。ホームページを読み、「支援する会」の横田さん、延武さんとの面談は、平成12年12月から13年2月に及びました。なかなか決心がつかなかったのも本音です。今思えば、原因探しに血眼になり、グチばかりの面談でした。

病は名医に任せよう

 「病気だと思いなさい」――その一言で決心がつきました。
 「息子は心の病にかかっているのだ。私達は原因探しに夢中になり、その時々の心地良いアドバイスに、非行という現実から逃げていたのではないか。病気ならば早く名医の手に委ねなければならない」――このような家族の決意のもと、スクールに預けて早一年が経ちました(今から思えば早一年ですが、その間の不安、心配等々、親にしてみれば「忍」の一字の一年でした)。
 息子はこの春、無事スクールを卒業しました。卒業後も、本人の希望と校長先生のご厚意で、スクールから地元の中学校に通学することになりました。一年前の大嵐が嘘のような、晴れやかな春を迎えさせて頂いています。
 一年間、学業は停滞しましたが、スクールでの経験は息子にとり、きっと、長い人生の困難を乗り越える羅針盤になることと思います。
 今、曇りのない息子の笑顔に接し、ご指導頂きました校長先生、コーチの皆様、核心にふれたアドバイスを頂いた「支援する会」の皆様に、心から感謝しています。

したり顔とヘラヘラ話の輩

神奈川県 和田 憲治

 私には、普段、マスコミに抱いている不満や、不愉快な思いがたくさんあり過ぎて、何から、どう表現していいのか分からないくらいです。
 筑紫や久米のような元左翼が、テレビでしたり顔で言いたい放題しゃべっています。クリントンが来日した時も、筑紫は本来アメリカ嫌いであるくせに、「日本の指導者がダメなため、アメリカが日本を指導して、日本を変えていくしかない」という論調に誘導したりしていました。「不倫疑惑」には触れず、ジャーナリストの気骨も無く、左翼としての気概もありません。左翼ジャーナリストとしての本職である薄っぺらな道徳意識を棚に上げて、ヘラヘラ話をしていた姿はまったく尊敬できません。
 谷沢永一氏が言うとおり、「日本に本物の左翼はいない」ってことでしょう。ただの商業左翼です。マスコミは、本物の左翼にもなれなかった、情けない奴らが中心になっている世界です。
 だから自分自身はあまりテレビを見ません。しかし、今の子供はマンガを読む力もなく、テレビしか理解できないので本当に悪影響が強い。これは何とかしなくてはなりません。すでに団塊の世代の子供達は最悪の学力と無責任さです。マスコミはアメリカや中国のご機嫌をとって活動しています。郵政省の官僚もテレビ局と同じでしょう。
 ですから、一日でも早く、インターネットで放送の自由が実現できるようになることを願っています。



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