「ういんど」第6号
1992年6月1日発行
情緒障害児問題を直視し、公明正大な裁判を!
戸塚 宏
一、昭和58年10月31日の第1回期日以来、公判期日を重ねること実に137回に渡った長期審理を終わるにあたり、次の通り私の意見を述べさせて頂きます。
昭和52年12月、戸塚ヨットスクール特別合宿訓練を開始して以来、我々は登校拒否児など情緒障害児の改善、治療に十分な効果を与えるものと信じ、ひたすらヨット訓練を主体とした特別訓練を行い、以来、5年有余に渡り、幾多の成功例を積み重ねてきたものであることは、この裁判における弁護人側の立証によってお分かり頂けたものと確信します。
然るに検察官は、審理の冒頭から、「体罰」と「暴行」とをことさら混同させることにより、我々一同を「常習的な暴力集団」であるとイメージ作りすることに奔走し、8年余に渡る公判審理において、冷静に見れば、前述のごとく戸塚ヨットスクールにおける教育的効果が実現された幾多の事例が立証されたにもかかわらず、論告の段階に至ってもなお自らの設定したイメージの殻を破ろうとはしておりません。
言うまでもありませんが、「体罰」とは、子のしつけをするについて、教育的見地から叩いたりぷったりして苦痛を与える罰を言うのであり、これに対し「暴力」とは、人が自分の欲望や感情を実現するため、他人に対して振う有形力を言うのであって、この意味で、体罰と暴力とは似て非なるものであり、厳密に区別されなければなりません。
そして、暴力は、その行為者がもっぱら自己の欲望を満たすために行うものと言うことができましょうが、我々ヨットスクール関係者が、訓練生に対して行ってきた体罰は、ひたすら訓練生の情緒障害の矯正を図るべく行ってきたものであり、その質、量ともに、右の矯正、改善を図るに必要な限度内にとどめるよう努力してきたものであります。
以上の通り、困難ではあるが、情緒障害児問題解決に貢献できると信じ、多数の訓練生に接してきた我々において、ただ、暴行、傷害、監禁の目的だけのために相談したり、行動したりしたことのある筈はなく、我々について、検察官が言われるような、故意犯が成立するとは思われません。
二、次に、検察官の論告を聞き更に論告要旨を一読して、大変気になることは、検察官が論告の論拠として引用される証拠のほとんどが、もと訓練生らの検面調書であるということです。長期の公判に渡り、法廷で行われた証人尋問や被告人に対する尋問が、審理の内容を判断するための重要な証拠になると思い込んでいた我々からすれば、大変異常で奇妙なことと言わざるを得ません。
既に、この公判延において、検面調書が取調べ検察官主導のもと、いかに巧妙にまたいかに強権的に作成されたものであるかは、コーチの諸君が繰り返し述べた通りです。自分達のはっきりした主張を持つコーチ達をも巻き込む勢いのものを、まして、厳しいヨットスクールの訓練生活に順応できず、訓練や体罰によって与えられた不快感の根拠を、自分自らの反省に向ける能力もない訓練生にとっては尚更です。我々ヨットスクール関係者に対してしか向けることのできない、一部訓練生のスクール憎しの心理に乗じ、誇大な内容の検面調書が作成されたことは疑う余地がありません。
しかし、このような検面調書の供述者である元訓練生ですらその多くが、公判廷において証人尋問を受け、検面調書とはかなり違う証言も多く聞かれました。
それが、検察官が頼みとする検面調書作成の時期と、証言の時期との差異のみをとらえ、検面供述に信頼性を持たせようとする手段は、まさに法を守るべき検察官が、法の定めた裁判手続の形骸化を狙うものであり、許されないものであります。
裁判所におかれては、右の点から、本件で取り上げられた各検面調書については、厳しくご検討下さるようお願い致します。
三、最後に、情緒障害児問題について一言申し上げたいと思います。
私は長年に渡って情緒障害児問題と取り組み、またその改善のための事業に携わってきましたが、これについては、既に詳しく述べた通りであります。しかしながら、情緒障害児と呼ばれる子供達の数は、戸塚ヨットスクールが、検察の手によっていわゆる「スクールつぶし」に追い込まれた、昭和58年頃に比べて2倍以上に増えていると言われ、情緒障害児問題はますます深刻な社会問題となりつつあることはとどめようがありません。
この種の社会問題には、いわゆる「権威」と称される方が現れ、それらしい意見を述べられるものですが、こと情緒障害児問題に限って言えば、障害児の数が増大の一途をたどる現象自体、実際に効果のある理論や解決策を提案する真の権威者も現れず、また、深刻な社会問題であれば、当然にその解決のための責任を負うべき国または公共機関が無為無策であることを示しているものというほかはありません。
私は数名の被告人らと共に、現在、絶対に強制しないという前提のもとに、ヨット訓練を中心とした合宿訓練を行っております。しかし、全くの強制を伴わない訓練が如何に実効のないものであるかは、平成3年8月20日の被告人質問において述べた通りです。私としては、やはり、かねてからの提案通り次のことを訴えます。
情緒障害児問題は物質文明の高度化によって、女性化、ソフト化した社会において、人間に不快感を発生させるストレスの質が著しく低下した結果、脳神経系が水準以下に虚弱化したことによって生じたものであり、文明病の1つに過ぎないものであること。
従ってその解決のため、情緒障害児に、成長してゆく過程において「厳しい自然としての人間」を確立しなければ、自立心のある人とはなれないことを体得させなければなりません。そのためのトレーニングとして、ある程度の強制力を用いて行なう訓練は必要不可欠であると言わざるを得ないのであります。
検察官はその論告要旨の一般的情状として、「本件裁判は、国民が暴力否定の見地から極めて注目している裁判であり、社会に対する警鐘を示す上からも、被告人らに対しては厳しい態度で臨まなければならない」と言っております。
これに対し、私として声を大にして申し上げたいのは以下のことです。
「暴力否定の見地から極めて注目している国民」として、公判廷に出廷して証言してくれた30名を越えんとする元訓練生や保護者、更には支援者達の声。検察官が、ことさら聞こうとしなかった「声なき民の声」。例えば、検察、警察の妨害により、法廷へ出て戸塚ヨットスクールの実情について証言しようとしていたが、その機会を放棄せざるを得なかった元訓練生、その保護者や支援者の人々。あるいは、現に情緒障害児問題の深刻さを直接または間接に体験している人達。これら多くの人達が、一層深刻化してゆく情緒障害児問題解決の努力が果してここで断ち切られてしまうのかどうかについて強く注目し、且つ危惧しているのが現状であること。このような状況に対し十分な配慮がなされるべきであるとの点であります。
裁判所におかれましては、以上の諸点をふまえられ、公明正大に、万人の納得できる判断を示されますよう切望してやみません。
私は無罪です
コーチ 可児 熙允
一、私は、この裁判開始にあたり、検察側手持の全ての証拠開示を求める意見陳述をしました。
公益の代表者としての検察官は、公権力、公費を使って集められた全ての証拠を開示することが、公平な裁判を迅速に進めるために当然であると考えます。
私は、暴走族事件で別件逮捕された後6ヶ月余の間、代用監獄・警察の留置場に拘禁され、ほぼ毎日、取調べを受けました。捜査側の目的は、裁判に有利な調書を作成するためです。
アムネスティ・インターナショナルは「日本の代用監獄システムは容疑者の人権保障上大きな問題がある」と日本政府に勧告しました。
一般人は、逮捕されたら最後、司法制度について無知なまま拘禁され、自分の持つ権利さえ知らされることなく、捜査側の都合通りに事が進められて供述調書が作られ、起訴され有罪にされていく恐ろしさを感じました。これは、起訴されたら有罪率99%という我が国の刑事裁判の現実がはっきり示しています。
裁判官におかれましては逮捕後の勾留尋問のとき、弁護人の選任、公判の仕組み、容疑者の持つ権利、供述調書の取り扱われ方について、捜査側に身を置く容疑者にしっかり説明して下さい。
二、次に、事件について私の意見を述べさせて頂きます。
1、暴走族事件について
この事件は、深夜、安眠を妨げられていたコーチが、各自の判断で怒りの行動を起こしたもので、私が命令したものではありません。私は実行行為はなく、被害者の供述も証言もなく、逮捕前の取調べもありませんでした。
証拠も何もない逮捕であり無罪を主張します。
2、小川事件について
私は、小川君の死因は「傷害致死」にはあたらないと確信しています。私は小川君に体罰、暴行など1度も加えていません。常滑市民病院へ運ぶなど小川君の事情に詳しい私への事情聴取は、小川君の死亡した翌日、半田署において1回なされたのみです。私が逮捕されたのは、訓練生千葉正文君の検面調書によるものです。この調書は、私達が「暴走族事件」で逮捕され、マスコミで大騒きされている中、私の担当・遠藤検事が千葉君の自宅・仙台まで行って取って来たもので、内容は明らかに逮捕を目的とした検察官の思い入れがたっぷり盛り込まれたものです。私は、検事の取調べ段階で、全く身に覚えのないことばかりでこれを否定し、「千葉君の公判での証言を求めます」という検面調書がありますが、それが開示されていません。
又、小川君死亡後、千葉君も含め多くの合宿生が警察官の事情聴取を受け、調書があるのですが、これも開示されていません。
検察官の論告は冒頭陳述に引き続き、事実経過をねじ曲げたもので、ただ被告人の有罪に都合のよい調書さえあれば大丈夫という、権力を持つ人の思い上がりが見受けられます。
検察官には、起訴した事犯を完璧に立証する挙証責任が負わされており、無実の人を罪に陥れることは許されません。
私は無罪です。
3、吉川事件について
司法解剖の結果、吉川君の死因は「病死」と結論づけられ取調べも終了していたものを、3年後、改めて「傷害致死」という罪名を押しつけられた検察官の強権力は納得できません。
この事件で検察官が法廷に立てた当時の訓練生4名の誰からも、私が吉川君に暴行を加えたという証言は聞かれませんでした。
「傷害致死」という罪名での起訴は明らかに不当であり、無罪であります。
4、あかつき号事件について
未だにどのような状況で水谷・杉浦両君が行方不明になったのか、証明されておらず、検察官の主張は、全てが仮定と想像の上に成り立っています。
当初、事件としては何ら捜査されず、私は杉浦君の父親の杉浦正五さんと手掛かりを求めて奄美大島へ行きました。又、神戸の海上保安庁へも出向き、警備救難課長と今後どのようにしたらよいか相談もしました。取調べなど勿論なく、警察からも事情聴取を求められたこともありませんでした。
私は、両君が乗船していた「あかつき号」には同乗していません。私は、その1週間前東コーチらと共に一部訓練生を引きつれ、河和の合宿所に帰っていました。
100名余の合宿主、その他多くの人が参加した夏期合宿が、どうして監禁に値するのでしょうか。公判においても、私が監禁行為をしたという証言はありませんでした。
検察官の言われる、逃げるために大型フェリーから太平洋上に飛び込むという行動は、誰もが予見不可能の出来事です。
行方不明になっているという事実でもって、「監禁致死」という不名誉な罪名を認めるわけにはいきません。私は無罪を主張します。
5、「戸塚ヨットスクール裁判」で私が訴えたかったことは、訓練中の生徒が死亡し、或いは行方不明になってしまったという、道義的には抗弁できない状況で、検察官が「傷害致死」「監禁致死」など重大犯罪として起訴され、「戸塚ヨットスクール」を暴力集団として断罪されたことに対する抗議であります。私達、事実を1番よく知るコーチらは、裁判官の前で何も隠すことなく誠実に事実追求に取り組み、死因を明らかにしていくのが私達の役割であり、亡くなった人への礼儀だと考えてきました。それ故、私達は何回も検察官の被告人質問を受けてきました。
一方検察側は、起訴事件の事実究明のために弁護側が請求した当時の小林刑事部長、山田主任検事の出廷を拒否されました。
大きな司法権力を持つ人は、開かれた公判の場で堂々と意見を主張するのが公人としての役割であり、主権在民の民主主義国家においては、それが当然の義務だと思います。
公平で民主的な司法裁判が確立されることを願います。
ウソつき訓練生のウソ謝罪とウソ証言
コーチ 横田 吉高
「暴走族事件」という「逮捕」に至るとは思われない事柄に端を発し、本日まで、実に8年8ケ月、保釈後は通常人と同じように社会生活を送っているように見えても常に「被告人」という立場が重くのしかかる毎日でした。
本日、審理を終えるにあたり、一言述べさせて頂きたく思います。
私には数ある公訴事実のうち特に不名誉な強制わいせつという罪名があります。暴走族事件で勾留されている最中から、この件で色々聞かれておりました。そしてあれよあれよという間に身に覚えのないことで再逮捕されたのです。
「再逮捕」という行為そのものより、「強制わいせつ」という罪名にショックを感じた私は、その後常滑署へ面会を求めて来た当時マスコミに言いたい放題言っている様子のG(わいせつ罪に訴えた元訓練生)に会う意思は持っていませんでした。もし面会などすれば又Gが、そのネタをマスコミに流すのだろうと思ったからです。ところが、Gは検察庁へも出向き、検察官にも面会したい旨申し出ているとの事でありました。私としては、何故、そこまでして面会したいのか不思議でなりませんでした。そこで、弁護士と相談の上、常滑署で会うことにしたのです。
ところが、Gは私が心配した、私の様子をマスコミに流す、といった態度は見られず、第一声は「迷惑をかけてすみませんでした」という言葉だったのです。
その後、私の元に例の手紙が送付されてきました。その手紙は誰が読んでも謝罪の意思を示した文章だと思います。
ところが、そんな経過があるにもかかわらず、Gの公判での態度、証言は手の平を返したものでありました。私は自分の耳を疑わずにはおれませんでした。
Gがスクールを脱走し、東海警察署でおおげさに話をした時、遠藤検事に告訴調書を作成された時、そして私に面会し、謝罪の手紙を出した時、この頃までは、よもや自分が公判で証言しなければならないとは思ってもいなかったはずです。
最初の「ウソ」は私との面会に成功し、謝罪し、後ろめたさをあの手紙で打ち消すことによって、全て精算できたものと思っていたのでしょう。しかし、その後証人として出廷することになると、公の場で精算されたはずの「ウソ」を打ち明け、謝罪しなければならないことになります。そんなことなら、検察官の協力を得て「ウソ」を維持し続ける方が得策であり、最善の自衛の方法であると考えたのは、容易に推察できるものです。
このように考えると、G本人も、私を小川事件で拘束できず、強制わいせつで保釈阻止をねらった警察・検察の犠牲者ではなかったのかと思えてならないのです。
どうか、裁判所におかれましては、訓練生の特殊性、又、公益の代表者たるべきところ、ただただ情緒的・感情的のみに走る、検察・警察の本件捜査姿勢を冷静に判断して頂き、納得いく判決をお願い致します。
憲法に基づく正当な裁判を!
コーチ 東 秀一
一、違法な別件逮捕から、既に9年、長く苦しい裁判もやっと終局に近づきました。
勾留が極めて長びく中で、私は尿管結石にかかり、拘置所の医者はこれを虫垂炎と誤って診断し、一歩違えば命を落とすところでした。保釈後も私は被告団の事務局責任者として、弁護団会議に毎回のように出席し、訴訟準備に忙殺され、迅速に裁判が進むよう私なりに必死に努力してきました。
今日、最終弁論となった感慨にひとしおの感があります。
このように裁判に関わってきたためか、現在の日本の刑事裁判のシステムの欠陥を自分なりに考え、まとめることができましたので、自分の考えたことの一端を述べ公正な裁判をお願いします。
二、正当な裁判とは、裁判所が以下の3つの義務を果すことであります。
@ 容疑者、被告人及び証人関係者の取扱いにおいて、一時一点たりとも憲法に定める基本的人権の侵害がないか、常時、司法行政の現場を監視し記録すること。
A もし、@があれば、直ちに容疑者、被告人を無罪放免すること。これは、無実の者を犯人に仕立上げない為の民主社会のリスクです。
B その上で、事実について迅速に審理すること。
ところが、戸塚ヨットスクール裁判に関しては、この義務が履行されておりません。
人間は神ではなく、その能力にも限界があり、いくら頭脳が優秀で、慎重な行動をする人でも過失による失敗も生じます。また、自己の都合のみで行動する傾向もあります。
民主社会の権力機関は、その様な普通の人間が集まって運営しているのです。ですから、その中のたった1人のうっかりミスでさえ、多くの国民は生命、財産、名誉を奪われてしまいます。
まして、権力が面子や組織だけの為に動く時、国民の生命を奪い国を潰す結果となる事は、先の第2次世界大戦の我が国、近くでは、今だに続くベトナムのボートピープル、中国流民、東ヨーロッパやソ連邦の崩壊等が、今我々の眼前で起こっている事実からも、それは火を見るより明らかなことです。
民主主義は公務員がその職責において、遅滞、過不足、義務の不履行、あるいは故意や過失による失敗のあった時、直ちにその者は罪に問われ、裁きを受け、懲罰や免職という"リスク"が機能し、国民を権力の犠牲にさせないシステムとなっているはずです。
当裁判における裁判権は、小島裁判長及び陪席の二裁判官にあります。裁判官が警察官・検察官の義務違反を厳しくチェックし、また、裁判自体間違いなくする義務があります。
三、ついでに申しますと、このような民主主義のシステムを守り発展させるのが第4の権力であるマスコミの使命と責任であります。
即ち、マスコミ人は自分自身のこととして、つまり、容疑者や被告人の立場に立ち、他の3権力の行使の現場を監視しチェックする義務が発生するのです。
マスコミは、国民の生命財産名誉を左右する強大な力を持った公権力に圧力を掛け、その公務を執行した公務員にリスクを与え、交代させることが可能であるから"プレス"と呼ばれるゆえんだと思います。
四、アメリカ等では、不景気で税収が減少した場合でも、計画が滞るなら、経費節減の理由で、公務員の首切りが当然のように行われているのです。
このように民主主義社会では、公務員、政治家、マスコミ人、全ての国民に夫々"リスク"が働く合理的なシステムとなっているのです。
しかし私は今回の騒ぎで、このような尊い民主主義を国是とする我が国で、4つの権力が夫々の使命を忘れ義務を果さず、逆に癒着一体化し、国民に犠牲を強いている現実を「イヤ」という程、思い知らされたのであります。
特に司法行政の現場では、違法無法は当たり前、遅滞、過不足、義務不履行、故意や過失による失敗等を組織的に隠蔽してしまう恐るべき悪しき慣行があることが分かりました。裁判所も、この悪習を分かっているので、司法行政の現場の監視義務を放棄し、見ないので知らない、知らないことはないことであると辻褄を合わせています。これは明らかに司法組織ぐるみの憲法違反の犯罪とも言うべきものです。これでは司法は聖域ではなく、国民は溜息が出ます。民主主義体制における聖域、それはあくまでも国民個人の基本的人権です。
五、司法の民主化のためには、第1に民主主義社会で禁止されている調書裁判をやめるという当たり前の仕事をすることです。
当裁判所は、論告求刑の直前、検面調書の採用を決められました。その理由は法廷証言より調書に特信性があるというものでした。私は特信性というのがどういうものか、弁護団会議の弁護士さんの議論を聞いていても難しくてはっきり分かりませんでした。しかし信用性があるという意味だとすると、信用力がある、あるいは高いとする裁判長の判断の基準はどこにあるのですか。信用力の判断の基準は事実である、あるいは限りなく事実に近いという事でしょう。
もし、そうであるなら、裁判長は事実をその発生現場で第3者の立場で観察していなければなりません。そんな神様のようなことは不可能です。また、事実をVTRで残すことも不可能です。その基準になる事実が分からなくて、どうして検面調書に信用性があると決められるのですか。
私共被告人が証言しましたように、検事の作る調書こそネジ曲げられ、虚実織り込まれた事実と全く違うものであります(VTRで記録して欲しいのはここなのです)。
また、その作られた事実"虚の世界の物語"を維持せんが為、証人との打合わせと称し脅したり、騙したり、証拠を捏造したり、隠したり、鑑定に注文をつけたり、検察証人には偽証させたり……。数え上げればキリがない無法の数々、それらの大本になっている検面調書のどこに信用性があると判断されるのですか。自由心証主義とは、検察が間違った仕事をするハズがないとか、違法無法を働くハズがないなど、時代遅れの先入観を捨て、判検一体思想からも解放され、科学的に調べてもどこまでも正しい事は正しいとする自由な立場で判断することではありませんか。
六、第2に、検察官が手持ちの証拠を開示することです。例えば、奄美事件で私が不思議に思うことは公的記録である大和村駐在の六反田巡査の名瀬署への報告が法廷に出されていないことです。
この事件を駐在所の六反田巡査に連絡したのは可児コーチか奥山コーチです。そして、この事件の何日か前に、訓練生の岡本長彦君の逃亡事件があり、国直部落から大和村まで大騒ぎになりました。戸塚ヨットスクールが合宿に来た事で水が大量に使用され、村は断水状態に追い込まれたり、村の雑貨屋のパンが盗まれたりもしました。そこで部落から抗議が入り、可児コーチが六反田巡査立会いのもと、村の方々にお詫びと説明をしているのです。そして岡本君は名瀬署で調書を作られているのです。これも開示されておりません。
とにかく、水谷君も見つかり、又々逃亡しハブに喰われないよう、つまり、彼等の命を救うため、手錠とロープで寝る時縛ったのは確かです。しかし、日付が前後とも大幅に延長され、まるで私が面白がって縛っていたようにされており、あげくの果て、水谷、杉浦両君の帰途の船にいない私まで監禁致死で起訴され、釈然としない感じで一杯です。
この時、見つかって良かったということで、水谷君発見の知らせを六反田巡査へ報告するのを忘れてしまいました。その翌日午後1〜2時頃、六反田巡査が合宿所を訪れ、丁度留守番をしていた私に説明を求めました。六反田巡査はスクールからの報告が無いので、午前中も心当たりを探してくれていたのです。そして、前回のこともあり、人の生命に拘わる重大事だから報告はしっかりしてくれないと困るとお吃りを受けたのです。
私はこれら一部始終を刑事や検事に話しましたが、一言も調書に書いてくれずでした。
また、小川君事件のすぐ後に、コーチ何名かと訓練生の何名かは連日取調べを受け、沢山調書を作られております。
しかし、この時の調書も一切開示しておらず、常滑病院の医師の事情説明の開示もありません。逆に、事件から半年以上も過ぎ、記憶も当時の10%以下であるところへあの日本中が湧き立たされたマスコミ騒ぎで、おかしな情報をタップリ盛り込んでから、非行など警察に弱味を握られている逃亡訓練生らから次々と大量におかしな調書を握ってしまったのです。
いずれにしても、この様な調書にどうして真実があると判断するのですか。
自由心証主義の自由とは、日本人の考えでは勝手気儘にすることですが、真の自由とは、勝手気儘の体質からも離れ、真実を追及する為には、あらゆる思想習慣からも自由になる事であると思います。
七、最後に、私は司法行政のあらゆる現場の監視とチェックと、その記録が不可欠であることを強調したい。司法行政の現場とは、逮捕、勾留、取調べ、証拠の作成、鑑定現場、証人打合せ、警検・判検打合せ、捜査会議等です。
ハイテク時代の現在では、VTRでそれが可能となっているのです。VTRは航空機のフライトレコーダー、原子力発電や火力発電所の監視と記録、救急医療や手術の現場の監視と記録、果ては競馬や大相撲の勝負判定にまで使用されているのです。
人の一生が左右される巨大司法権力の行使の現場における監視とチェックとその記録にも、VTRは不可欠な時代は来ているのです。既に諸外国では当然のように使用されております。日本だけが官主主義(民主主義の仮面をかぶった官僚主義)で公務員にリスクを負わせない方式は、あまりにも時代に逆行するものです。
司法行政現場の監視と記録の放棄と、それを支える調書裁判は、真実を葬り冤罪をつくるもので、いずれ国を疲弊させる社会的な癌です。
私共現代に生きる者は、子孫の為あるいは国際社会の為、健全な民主主義社会の日本を創る義務があるのではないでしようか。
小島裁判長、憲法に基づく正当な裁判をして下さい。
破壊される家庭、人権、正義
コーチ 山口 孝道
昭和58年5月26日、いわゆる"暴走族事件"によって逮捕された私は、その後3年1ケ月に及ぶ勾留生活を経て現在に至るまで、都合139回に渡る公判に欠かさず臨んできました。直接、間接を問わず様々な形で多くの人が関わったこの裁判も、早いもので足かけ9年近くの歳月が流れようとしています。
最終陳述の機会を得て私が申し述べたいことは多々ありますが、既に証言の中や先の意見陳述の際に述べたことと重複しますので以下の2点についてのみ陳述することとします。
始めに、反省するということと、事実を正しく公判廷において争うということは違うはずです。にもかかわらず、先回の論告、個別的情状の項において検察官は、私達はヨットスクールの訓練の正当性を主張し反省の態度も見られない、と決めつけました。実に傲慢無礼な物の言いようではありませんか。
何をもって反省がないなどと言えるのでしょうか。少なくとも私達は、700名近くのいわゆる"情緒障害"という深刻な問題をもった子供達と、ほとんど24時間寝食を共にし、ある者は学校へ、またある者は家庭へと復帰させています。切れかけた家族の絆をつなげ、家庭を崩壊から救った例も少なくありません。多くの人がそうであるように、概念として知っていることと現実の症例との違いの狭間で、できる限りの力を尽くしてきたつもりです。こうした事実は、弁護側証人として出廷した訓練生や親の証言によっても明らかな通りです。
酷暑厳寒の海で自ら汗を流し、当時者としての苦悩を共有しながら、日夜闘い続けてきた私達を、金儲け主義の常習的暴力者集団などという粗雑極まりない論法をもって断罪せんとする検察側の態度は、断じて許し難いものであります。
そもそも、ヨットスクールに我が子を入校させるということは、酷な言い方であっても明らかな親の子育ての失敗です。またそれは現在の学校教育の限界をも示すものです。
それらの責任を全て棚上げし、目をつぶったままヨットスクールのみを糾弾するというのは余りにも手前勝手な恥知らずな行為であり、その見識を疑わざるを得ません。
さらに検察官は、私達が事実の多くを否認し云々と主張しますが、果たしてそうでしょうか。問われなければならないのは調書の作られ方そのものであって、私自身、認めるべき点は卒直に認めています。
一方、訓練生や、その親に対する警察の圧力、口封じには頬かぶりし、妻を逮捕するぞと恫喝しつつ作成した検事調書の存在を否定する検察官。これこそ公的権力による証拠隠めつであり、権力の乱用そのものでなくて何でしょうか。仮に真実発見のためということで捜査の行き過ぎを認め、許すようなことがあれば、いつしか人権保障の規程などは空文化されてしまうことは火を見るより明らかです。
次に、現在も私はヨットスクールに勤務し、訓練生と共に生活していますが、入校に関する問い合わせや相談は月平均5〜6件、多い時には10件を超えることがあります。
その多くは我が子の暴力や非行に戸惑い、理解に苦しみながらも、子を救い、温かく平和な家庭を取り戻さんとする親の切実な思いや願いをこめた極めて深刻な相談です。
そうした中で、東京から来たという65歳になる男性がヨットスクールを訪ねて来たことがあります。話しを伺ってみると、次のようなことが分かりました。
現在30歳になる一人息子がひどい家庭内暴力で今朝もこの息子に殴られた。中学2年に登校拒否が始まり、実に様々な教育相談所や病院、専門機関を必死の思いで回った。しかし、そのいずれもが親子の対話を多くしなさい。あるいは親の生活態度を変えなさい。一過性のものだから気長に待ちなさいといった類のもので、気休めにはなっても何の解決にもつながらない。
あれやこれやと試行錯誤を繰り返している間に母親に対して暴力を振るい始める。入院しなければならないケガを負わされたことも2度や3度ではない。当然、困り果てて警察にも相談したが事件扱いにはならず、家庭内のことは家庭内で解決しなさいと突き離される。
親として口に出すことではないが、いっそ精神病院か監獄にでも入って欲しいと願うこともある。けれども、病気ではないから入院させることはできないと断わられ、犯罪を犯している訳ではないので強制的に隔離することも不可能だと言われる。
家に閉じ込もってほとんど外に出歩くことのない息子の暴力はますます激しさを増し、やがて父親である自分にまで殴る蹴るの乱暴を働くようになってしまった。
このままの状態が続くようなら共倒れだ。いずれどちらかが死んでしまうことになるだろう。毎日が生き地獄だが、少なくとも我が子に親殺しだけはさせたくはない。
他に頼るべき縁者もない老夫婦が、働きのない息子を養い生活していく以上、やがて経済的にも行きづまるに違いない。そこで、ようやく停年を迎えて新築した家も売り払い、自分が家を出ることにした。
今まで相談する度に、そのうち自然と治る、目が覚める、時間が解決すると言われ続け、もう既に15年が経ってしまった。こんな子供に育てた責任は親として重々感じている。感じていればこそこの15年間、愚かな親なりに努力してきたつもりだが、結果的に、こういうことになってしまった。
詳しく述べればきりがありませんが、概略こんな相談でした。しかし、現在のヨットスクールでは自宅まで本人を迎えに行くことはできないし、また本人が訓練を受けたくないと言えばそれまでですと説明すると、それは自分や妻に死ねと言うことと同じだ、と言って寂しく笑い、やがて涙を流しました。65年間真面目につつましく生きてきて、今まさに老境にさしかかって受ける仕打ちのなんと残酷な現実でしょうか。
他の相談の多くも、内容こそ違えその緊急性と深刻さの度合いにおいては同様です。良くも悪くもこれが現実なのです。検察官は、我々を暴力集団として断罪しようとする同じ熱意とエネルギーをもって、この相談者の境涯に思いをはせて頂きたい。同じ痛みを想像して頂きたい。
訓練生個人の人権や自主性の尊重は論を待たないところですが、その訓練生によって踏みにじられ破壊された人権、今、破壊が進行しつつある人権、将来破壊されるであろう人権にも同様に言及して頂きたい!
最後に、人の行為の真実は法的手続きのみによって裁ききれるものではありません。
私は、裁判というものは、あらゆる角度から事案の持つ本質にせまり可能な限り事実を引き出し、真実を追求するのが課せられた使命の1つだと確信しています。ともすれば、言葉によって構成される法廷は、時として現実からかけ離れた別世界となりがちです。せんえつですが裁判所におかれてはこの点を銘記され、時の経過や変化を伴う後世の批判に耐えうる判断をお示し頂きたくお願い申し上げます。時の経過に耐えられる本質的行為だけが不変のものであることを申し添えて私の最終陳述と致します。
○ 編 集 後 記 ○
▼戸塚ヨットスクールのコーチ達は、無気力、嘘つき、シンナー中毒、犯罪少年らを相手に、寒風・強風の吹きすさぶ海で、黙々とヨット訓練を続けてきました。
気苦労ばかり多くて報酬は少なく、不当な批判にも曝される……。そんな日常に彼らが耐えてきたのは、「情緒障害の実態」を目の当たりにした危機感と、それを克服する画期的方法を実践できているという確信があったからです。
また、彼らが、無知で無責任なマスコミの誹謗中傷や、面子のために法をねじ曲げてでも犯罪者に仕立て上げようとする検・警察の弾圧を撥ね退けてこれたのは、人間にとって何が大切で、何が正しいことであるかを、血肉の体験で知っていたからに違いありません。
このコーチ達に、卑劣・姑息な手段でデッチ挙げられた調書に基づいて有罪判決が下されるなら、その裁判記録は、20世紀における日本の後進性を象徴する資料として、永久保存されることになるでしよう。
――義のために迫害された者は幸せである。天国は彼らのものである。―― (マタイ伝)
▼かつて「江戸わずらい」と呼ばれてた頃の脚気は、原因不明の死に至る病いでした。しかし、それがビタミンB1欠乏症であり、食事療法で簡単に予防できることが分かってしまえば、恐れるに足らぬものとなってしまいます。結核、梅毒、天然痘も同じてした。
戸塚ヨットスクールは、登校拒否の原因が脳幹の虚弱化にあることを発見し、これをトレーニングで克服する方法を開発しました。従って、登校拒否はもはや過去の病でしかありません。
ところが、教師や精神科の医師といった専門家は、この事実を認めようとせず、あろうことか否定・黙殺しました。自分達にとって都合の悪い真実より、居心地の良い誤謬にしがみつく道を選んだのです。その結果、毎年、5万人近い登校拒否が発生し、子供達とその家族が悲惨な日々を送っています。そして、登校拒否が10万人を突破する日がやってきます……。
子供達の心の荒廃を癒す道は、真実を直視するほんのちょっとした勇気の向こう側にしか見つかりません。